第25話 思わぬ一面

 今まで幾度となく烈華れっか白咲しらさきの猛攻を回避してきた俺だが、こうして二人がかりで押さえつけられてしまうと成すすべがない。

 

 力ずくで退けるという手段もなくはないが、一対二という状況では加減ができず怪我をさせてしまう可能性がある。

 

 だがあの日のように「嫌い」と言うのは、できれば避けたい。

 

 不用意に二人を傷つけたくないし、ここで号泣されると一階の職員室まで聞こえそうだからだ。

 


「お兄ちゃん、妹二人に押さえつけられちゃって……情けなぁい♡」

 

「ん、兄さんの自由を奪う……背徳的で濡れちゃう♡」

 

 そうこう考えているうちにも、二人は勝手に興奮していく。

 

「な、なぁ、人気がないからってここは学校だぞ? 誰かに見られる可能性があるんだし、止めないか?」

 

 いくら頭を悩ませていたってなにも解決できない。だから俺は、ひとまず説得をこころみる。

 

「いひひっ、ドキドキしちゃうね♡」

 

「ん、クセになりそう♡」

 

 だが変態すぎる二人には、誰かに見られてしまうという危険すら興奮に繋がるようで、完全に無駄となってしまう。

 

 どうしたらいいんだ。そう途方に暮れていると、頬にか細い指が触れた。

 

「お兄ちゃん、好きー」

 

「兄さん……愛してる」

 

「……?」

 

 是が非でもバッドエンドを回避せねばと打開作を模索していたが、二人の声音に違和感を覚える。

 

 その理由を探るべく二人に目を向けてみると、興奮で理性を失っていた瞳に、慈しむような温かいモノが宿っていた。

 

 おかしい。この状況で発情して目がとろけてないなんて、おかしい!

 

 そんな感想が生じる思考がすでに異常だということは置いておき、確かに今の二人はこれまでと少し様子が違っていた。

 

 いつもなら人の体臭を媚薬呼ばわりして勝手に欲情しているのに、まるで我が子を見る親のような慈愛の籠った瞳を向けてきている。

 

「あはは、なんか情けないお兄ちゃん見てると、保護欲が沸いてきちゃった」

 

「ん、烈華と同意見。兄さんと子作りするよりも、守ってあげたくなる」

 

 思ってもない形で違和感の理由を知ることができた。

 

 そうか。つまり、二人が発情したときはか弱な態度を取っていれば襲われない……?

 

 

「──でも、そんなお兄ちゃんを滅茶苦茶に襲うのもアリかも♡」

 

「ん、無抵抗の兄さんと子作り……たくさんデキちゃう♡」

 

 俺の淡い期待は、二人の発言ですぐに打ち砕かれてしまった。

 

 くそぅ! それなら最初っから期待させんじゃねぇよぉ!

 

 なんやかんや脳内ピンク一色の妹たちに唇を噛んでいると、二人はおもむろに体を寝かせピッタリと抱きついてきた。

 

 二人に抱き枕にされ役得と思ってしまう辺り、俺もただの男子なのだろう。

 

 相手が妹じゃなければ、手放しで喜べたんだがなぁ……。

 


「えへっ、お兄ちゃんと添い寝~♪」

 

「ん、兄さん温かい」

 

 依然として危険な現状で、なぜか二人は幸せそうな様子ではにかむ。

 

 家で、それも普通の状況なら可愛さに頭を撫でているところだが、今それをしてしまうと二人に受け入れたと誤解されてしまいそうなので止めておく。

 

 さて、少しだけ興奮が鎮まったようだが、相変わらず二人は俺を拘束し離してくれない。

 

 

「なぁ、落ち着いたようだし、今日はもう帰らないか?」

 

 窓の外を見てみれば日が落ち始めていて、部活組の下校時間が近づいてきているのがわかる。

 

 これ以上遅くなってしまうと、見回りの先生に見つかる可能性もあり非常に危険だ。

 

 そう再び説得をしてみると、二人は「じゃあ」と顔を近づけてきた。

 

「早くシちゃおっか♡」

 

「ん、私たちはもう準備万端」

 

 どうして毎度説得が逆効果になるのだろうか。

 

 せっかく落ち着いた様子だったのに、また興奮に染まった表情を浮かべゆっくりと迫ってくる。

 

 そして二人は、軽く唇を突き出すようにして目をつむった。

 

 これは男子の夢の一つ──キス顔!?

 

 二人の美少女にキスを迫られる。これもまた妹でなければ喜ばしいことなのだが……。

 

 でも正直、妹だとわかっていてもドキドキしてしまう。

 

 相手は烈華と白咲だと自分に言い聞かせていても、応じたくなってしまう。

 

 念願のキスを体験できると期待してしまう。

 

 キスが日課となった甘々な生活が送れるのではと想像してしまう。

 

 それは男として夢のようだが──でも俺は男である前に、二人の兄だ。妹を守るのが、兄の役目だ。

 

 理性が折れてしまいそうでも、兄としての責任が、プライドがこの一線を踏み留まらせてくれている。

 

 ──なんて主人公みたいにかっこつけた一人言に時間をかけすぎて、我に返るのが遅れてしまう。

 

 あぁ、俺のキスが、ファーストキスが二人に奪われてしまった……。

 

 取り返しのつかないことになったと嘆いていると、ふといまだ唇になんの感触もないことに気づく。

 

 どうしたんだ? そう疑問に思って目を開くと──

 

 

「っ~~~!」

 

「んっ……」

 

 

 二人はリンゴのように顔を赤く染め上げ、硬直していた。

 

 もしかして……恥ずかしすぎて照れてる?

 

 今までさんざん肉体関係を迫ってきていた二人が、キス一つで茹でダコのように真っ赤になっている? 恥ずかしがっている?

 

 なんとも滅茶苦茶な二人に、俺は思わず苦笑を漏らした。

 

 兄の俺でも引いてしまいそうなほど変態な二人にも、まだピュアな感情が残っていたようだ。

 

 二人の常人のような様子に、俺は安堵を覚える。

 

 

「なぁ、そんなに恥ずかしいなら、もう止めにして帰らないか?」

 

 気づけば外から聞こえていた運動部の元気なかけ声が止んでいて、俺は二人に帰宅を提案する。

 

 すると二人は拗ねたように頬を膨らませ抗議してきた。

 

「べっ、べつに恥ずかしくないもん!」

 

「ん、この程度で恥ずかしがるほど私たちは子供じゃない」

 

「でもキスできてないじゃん」

 

 俺としてはありがたいことなのだが。

 

 挑発やからかいを込めてそう言うと、烈華と白咲はムキになったように声を荒らげる。

 

「するもん! 今からするもん!」

 

「ん、兄さんの理性を溶かす甘々で濃厚なやつをする」

 

「え、……え?」

 

 まさかの自滅。

 

 俺の挑発に火がついた二人は、恥じらいを見せながら意地でもキスをしようと迫ってくる。

 

 完全に失態。今から説得で止めることなどできるわけもなく、俺は逃避するように目を閉じた。

 

 

 そして瑞々しく柔らかな感触が触れた。──頬に。

 

 

「え?」

 

 ちょっぴり残念──ではなく、ああも豪語していた烈華と白咲が逃げたことに、俺は驚きを隠せなかった。

 

 意地になると是が非でもやろうとする二人が、それでも恥ずかしくて妥協するなんて。

 

 意外すぎる行動に戸惑っていると、二人は微睡むようなほうけた表情を浮かべて脱力した。

 

 そしてゆっくりと、両手で自らの顔を隠す。



「ふぇぇぇ、恥ずかしくてお兄ちゃん直視できないー!」

 

「ん……これは想像以上に、照れる」

 

 

 隠れていない耳が真っ赤に染まっている。

 

 なにこれ、可愛すぎない?

 

 

 こうして、烈華と白咲が照れて消沈するという結果で本日の誘惑は幕を閉じた。

 

 それにしても、二人は案外うぶなんだなぁ。

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