第24話 ラブレター

「はぁ、疲れた……」

 

 新学期初日が終わり、俺は一日で溜まった疲労をため息と共に吐き出す。

 

 なんというか、精神的に疲れた……。

 

 思い返されるのは、昼休みの烈華れっか白咲しらさきが起こした暴挙だ。 

 

 クラスメイトがいるなかで太ももや下着を触らせるとか、常人の行動ではない。

 

 危うくバッドエンドを迎えそうで心臓が破裂しそうなほどドキドキしたが、結果はこの通り、バレることなく一日を終えることができた。

 

 この先二年間こんな学校生活が始まるのかと思うと、仮病で引き籠りたくなる。

 

 だが密着して隠すなど一応二人もバレないように気遣ってくれているので、もしかしたら学校での誘惑は控えめなモノで済むかもしれない。

 

 本音を言えば、誘惑そのものを止めてほしいんだけどな。

 

 また一つ、ため息が溢れる。

 

「ホント、どうしたものかなぁ」

 

 誰に投げかけるでもなく一人呟きながら下駄箱を開けると、

 

「ん? 手紙?」

 

 靴の上に、一通の手紙が置いてあった。

 

 可愛らしい薄桃色の封筒はハートのシールで留めてあり、その右下に女の子らしい丸っとした文字で「新稲にいな穂高ほだか先輩へ」と記されている。

 

 正真正銘、俺宛の手紙だった。

 

 これはひょっとして……ラブレター?

 

 

 ──ラブレター。古今東西、全ての男子が憧れた幻の手紙。封筒は様々だが、その中身は一貫して初々しい乙女の恋心がつづられている。

 

 だが実際にその国宝と称してもいい手紙を受け取ることができるのは、全国でもごくわずか。

 

 俺も過去に憧れたことはあったが、そのときは若かったのだ。今はもう諦めがついている──はずだった。

 

 うぉおおおおおっ! よっしゃぁぁぁあああああっ!

 

 こうして自分の下駄箱にラブレターが入っていて、叫ばない男がどこにいようか。

 

 一応正気が残っているのでそこは控えているが、周りの目がなければ跳び跳ねて喜びたいくらいだ。

 

「……ふぅ」

 

 俺はひとまず深呼吸で心を落ち着かせ、封を切る。

 

 

 ──新稲穂高先輩へ。どうしても伝えたいことがあります。放課後、第二校舎の四階空き教室に来てください。

 

 

 手紙には簡潔にそう綴られていた。

 

 第二校舎の四階、か。一年生なのによく知ってるな。

 

 手紙で指定されている場所は、在校生でも普段は立ち寄らないところだ。

 

 そんな場所を知っていることに驚きを隠せない。

 

 俺だって入学当初は知らなかった。ちゃんとパンフレットの見取図にも載っているのに、じゅん先輩に教えてもらうまで気づかなかった。

 

 この子は余程パンフレットをしっかり見ていたのか、それとも在校生に知り合いでもいるのだろうか?

 

 そんな疑問が浮かんだが、どうでもいいことだと切り捨てる。

 

 今重要なのは、俺が今、後輩の女の子に呼び出されているということだ。

 

 あまり待たせるのは先輩として、それ以前に男として失格だ。

 

「よしっ、待ってろよぉおおおっ!」

 

 だから俺は、そんな欲望駄々漏れな叫び声を上げながら廊下を駆けるのであった。

 

 良い子のみんなは廊下を走らないようにね。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

 さて若干……いや、結構汗を掻きながら俺は目的地に到着した。

 

 うぇっ……さすがに一階から四階まで全速力ダッシュはキツい……うっ。

 

 あまりのツラさに、俺は膝に手を突き肩で息をする。

 

 あー、運動部みたいに体力がないのが恨めしい……筋トレを習慣づけようかな。

 

 なんてことを考えながら息を整えてしばらく。ハンカチで汗を拭いて乱れた服装を整え、

 

「……よしっ」

 

 意を決して、教室の扉を開けた。


 ……。

 

 …………。

 

 

「──あれ?」

 

 そこにはラブレターの差出人とおぼしき女生徒の姿はなく、ただ使われてない古びた机や椅子が端に寄せられているだけ。

 

 もしかして:いたずら?

 

 そんな某検索サイトの誤検索を正してくれる機能のようなフレーズが脳裏に浮かぶ。

 

 そうだとしたら、俺はなんと恥ずかしい男だろうか。

 

 もうやだ、穴があったら入りたい……。

 

 両手で顔を覆い無人の教室にしゃがみ込む。

 

 

「お兄ちゃん♪」

 

「兄さん」

 

 

 そんな中聞こえてきたのは、実によく耳に馴染んだ二つの声。

 

 顔を上げると、烈華と白咲が面白そうに俺を眺めていた。

 

 もしかして:二人が抹殺した……?

 

 二度めの某機能が発動し、全身から冷や汗が吹き出す。

 

 自分で言うのは恥ずかしいが、俺のことを好きすぎる二人ならあり得なくない。

 

「安心してお兄ちゃん、さすがにあたしたちでも越えちゃいけない一線は越えないから」

 

「ん、常識的な妹だから」

 

「なら兄と妹の一線も越えないでほしいんだけど」

 

「「それとこれとは別」」

 

 あれれー、おっかしいぞぉー?

 

 声を揃える二人に、俺はため息を溢す。

 

「……それで、ならなんで二人がここにいるんだ?」

 

「それはもちろん」

 

「私たちが手紙を出したから」

 

「──」

 

 衝撃の事実に俺は絶句する。

 

「じゃ、じゃあ俺を呼び出した理由は……?」

 

「お兄ちゃんとイチャイチャするため」

 

「ん、校内でヤるのもなかなかそそる」

 

「……」

 

 変態すぎる妹たちがへんた──大変だ。

 

 そしてこの状況が大変だ。第二校舎の普段人が訪れない一角で、唯一の退路を二人に塞がれ八方塞がり。

 

 どこか見覚えのある光景に悪寒が走る。

 

「お兄ちゃん、うっへっへっ♪」

 

「兄さん……じゅるり」

 

 誰だろう、この変態は。

 

 そう呆れていると、これまでに見ない俊敏な動きで二人に抱きつかれた。

 

「はぁぁぁ……っ、お兄ちゃんの匂いっ♡」

 

「ん、兄さん、好き……はぁはぁ♡」

 

 学校で、発情する妹たち。

 

 アブノーマルすぎる光景に、慣れ始めている自分が怖い。

 

 初めの頃より冷静な思考を保ち、俺は現状を切り開く妙案を模索する。

 

「にっへへっ、今回はお昼からお預けされてるからぁ、逃がさないよぉ♡」

 

「んっ、焦らしプレイなんて兄さんのえっち……♡」

 

 烈華と白咲に手足を押さえられ、床に組伏せられてしまう。

 

 二人の顔が近い。甘く熱の籠った吐息が吹きかけられる。

 

 正真正銘、妹に襲われてしまった。

 

 

「お兄ちゃん……っ♡」

 

「兄さん……っ♡」

 

 

 欲望に染まった瞳に俺の困ったような顔が映る。

 

 ……あれ、どうすればいいの?

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