第22話 部長vs妹たち

「すみません、少し友達と話してました」

 

「交友を大切にするのはいいが、仕事を忘れてもらっては困るぞ?」

 

 開いていたページに栞を挟み、小さく苦笑を浮かべ「次は気をつけるんだぞ」と優しく叱声を投げてきた。

 

 彼女は俺が所属している部活の部長を務める、長く艶やかな黒髪が自慢の黒原くろはらじゅん先輩だ。

 

 豊満な胸とわけあって見たことのあるくびれ、スカートに隠れながらも存在感のあるお尻。男子を悩殺するこの三種の神器を有し、成績優秀でお嬢様という博隆ひろたかを越えるリア充である。

 

「ところで君の後ろにいるのは、新入部員かね?」

 

 説教も一言で終わり、先輩は俺の影に隠れていた二人に目を向けそう首を傾げる。

 

「違いますよ、二人は俺の妹です。今年入学するって話しませんでしたっけ?」

 

「あぁ、そういえばそんなことを言っていたな。……ふむ、話に聞く通り、とても可愛らしい妹さんたちだ」

 

 顎に手を当てじっくりと二人を見つめると、どこか満足そうに笑みを溢した。

 

「二人とも、初めまして。わたしはこのボランティア部の部長を務めている黒原純だ、よろしく頼むね」

 

 先輩は席を立ち目の前までやって来ると、朗らかな艶笑を浮かべ握手を求めるように手を差し出してきた。

 

「ほら、二人とも」

 

 それでも俺の後ろから出ようとしない烈華れっか白咲しらさきに応じるよう促す。

 

 すると二人は渋々といった様子で純先輩の前に立ち、

 

新稲にいな烈華です。あたしの・・・・お兄ちゃんがいつもお世話になりました。これからはあたしがお兄ちゃんのお世話をするので、もうお兄ちゃんと関わらないでくださいね?」

 

「……新稲白咲。私の夫がお世話になった、できれば金輪際こんりんざい関わらないで」

 

「ちょっ、二人とも!?」

 

 教室に来たときは社交的な笑みを浮かべていた二人が、なぜか好戦的な態度で純先輩と向き合う。

 

 慌ててフォローを入れようとするが──なぜか先輩は威嚇する烈華と白咲を見て愉快そうに目を細めていた。

 

 な、なんなんだ……?

 

 火花が散る幻覚が見えた気がしたが、先輩はただ笑っているだけで、毛を逆立てているのは烈華と白咲のみ。

 

 異様な空間に、どこか場違い感を覚える。

 

 まるで一触即発な空気は、先輩が「クスッ」と笑うことで霧散した。

 

「どうやら、わたしは毛ほども歓迎されてないようだね」

 

 いや、どちらかというと歓迎する側なのでは?

 

 そんな疑問を抱いたが、先輩が拗ねてしまいそうなので口には出さないでおく。

 

 

「それにしても、新入部員はなしかぁ。残念だなぁ」

 

「いや、当たり前でしょ。看板やチラシの類いは作ってないですし、呼び込みだっていないじゃないですか」

 

「だって君とわたし以外部員がいないからね」

 

「なら先輩が呼び込みやってくださいよ」と返すと、なぜか驚いたように目を見開き「バカだなぁ、君は」と笑う。

 

「わたしが呼び込みをしたって誰も来やしないだろう?」

 

 純先輩はそう自嘲的に語った。

 

 いや、先輩はめちゃくちゃ美人だからたくさん集まりそうなものですけどね。特に男子が。

 

 そう胸中で呟きながら、椅子に座り直した先輩に「ならどうするんですか?」と尋ねる。

 

「君が行ってくるといい。年下の対応は慣れているだろう?」

 

 烈華と白咲に目を向けながら先輩は扉を指す。

 

 そりゃ、慣れてないこともないけど……。

 

 チラリと二人を確認すると、目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

 なにも口に出さず、だが二人は宝石のような綺麗な瞳で「行かないで」と懇願してくる。

 

「えっと……」

 

 どうしようか。俺も一応部員なわけだし、部長命令なら勧誘に行かなければならない。

 

 だが、さすがに烈華と白咲を隣に置いて勧誘するのはどうかと思う。

 

 もう一つ、二人を部室に残して行くという選択肢自体はあるのだが……帰ってきて部室が血祭りになっていないという保証がない。

 

 さて、どうすべきか。

 

 そう頭を悩ませていると、純先輩がポンと手を叩いた。

 

「そんなに悩むなら、君とわたしで勧誘に行こうじゃないか。妹さんたちは部室でくつろいでもらって、ね」

 

 そう提案した純先輩は、なぜか烈華と白咲に向かって「フッ」と勝ち誇ったような笑みを溢した。

 

 それがわからない二人ではない。あの白咲ですら怒りを露にして先輩を睨みつける。

 

「おやおや、そんな怖い顔をしてどうしたんだい?」

 

「自分で挑発しておいて、とぼけるのもいい加減にしてください」

 

「ん、温厚篤実な私でも見過ごせない」

 

「はっはっは、そんな怒気を散らさないでくれ。もっとからかいたくなってしまう……っ」

 

 純先輩は棒読みな笑声を上げ、なぜか舌舐めずりをして恍惚とした表情を浮かべる。

 

 この人はホントに人をからかうことが好きだな……。

 

 一年間先輩にからかわれ続けた身として、二人には同情を禁じ得ない。

 

 本人は本当に楽しんでいるだけのようだが、ときには際どいモノもあって正直心臓に悪すぎる。

 

「……お兄ちゃん、あの人変態だよ、絶対変態」

 

「ん、人を困らせて愉悦に浸る人なんて変態としか言いようがない」

 

 両頬に手を添えいまだ恍惚とした表情を浮かべている純先輩に、二人は顔を引きらせながら耳打ちしてくる。

 

 それには同意しなくもないが……兄に欲情する二人には言われたくないと思うぞ?

 

 実際先輩のは相手によっては少しアブノーマルなだけになる場合もあるが、兄を襲うのはアブノーマルじゃ済まないから。

 

 そう考え苦笑していると、いつの間にか普通の態度に戻った先輩が「冗談だよ」と口に出した。

 

「新入部員の確保は先生に頼んであるから、勧誘しに行く必要はないよ」

 

「それを先に言ってくださいよ……」

 

 これだけ振り回しておきながら、先輩は悪びれもなくカラカラと笑う。

 

「ふぅ、今日は充分楽しませてもらったよ、ありがとう。今日は帰ってもらって構わないよ」

 

「はぁ……そうします、精神的に疲れたので」

 

 先輩に「また次の部活で」と告げて、いまだご立腹な二人を引き連れ部室を後にした。

 

 

 

「なんなんですか、あの腹黒先輩」

 

「先輩の名字は黒原だぞ」

 

「いいんです、あんな人は腹黒先輩で充分です」

 

「ん、あんな性格悪い人、今まで見たことない」

 

 烈華と白咲は帰路の中、先輩の愚痴を絶えず溢し続けるのであった。

 

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