第19話 交渉とハジメテ

 状況は依然として最悪。むしろ、何度も興奮と鎮静を繰り返しているためか、烈華れっか白咲しらさきはともとても切な気な様子だ。

 

 口角から唾液が垂れ、開いた口から熱っぽい吐息が休む暇なく溢れる。

 

 瞳はとろけきってハートの幻影が見え、色白で柔らかな頬はバラを散らしたように赤く染め上げられていた。

 

 表情だけでも心を揺れ動かす破壊力を持ちながら、二人の格好も無視できない。

 

 前の開けられたブラウスに、体のラインをしっかり強調する肌着は汗でどことなく透けている。

 

 鍛え抜かれた鋼の理性の持ち主である俺でなかったら、卒倒するか欲望のままに二人を襲っていた。

 

 ほんの一週間ほどでよくもまぁここまで成長したものだ、俺の理性。

 

 ちょっと自画自賛したくなる気持ちを抑えながら、俺は現状の打開案を思案する。

 

 すると正面にある、プリクラ機の操作画面が目に入った。

 

『コインを入れてね』なんてわかりきった文字が表示されている画面を見つめていると、いつだったか二人が「プリクラ撮ってみたい」と言っていたことを思い出す。

 

 昔から二人と遊びに出ることは度々あったが、ゲーセンはいまだに来たことはなかった。

 

 もしかしたら、その意味で二人は嫉妬していたのかもしれない。だからこうして突撃してきたのではないかと、そんな可能性が浮かんだ。

 

 あくまで可能性の一つでしかないが、そう仮定すると、もしかしたらこの二人を鎮めることができるかもしれない。

 

 そう思い当たった俺は、現状を打破すべく二人に交渉を持ち出した。

 

 

「なぁ、烈華、白咲」

 

「どうかした? お兄ちゃん」

 

「ん、なに? 兄さん」

 

 突如名前を呼ばれた二人は、興奮を忘れたように首を傾げる。

 

「もし、ここで我慢してくれるなら──俺は二人とプリクラを撮る」

 

「──」

 

「──」

 

 俺の提案に、二人は虚を衝かれたのかポカンと口を開けて固まった。

 

 そうしてしばらくフリーズして、意識を取り戻したのか今度は目をグルグルと回し始める。

 

「お兄ちゃんとプリクラ……」

 

「でも、兄さんと子作り……」

 

 どうやら俺の予想より二人は悩んでいるらしく、もう少し提示すれば折れてくれそうだ。

 

 そう確信した俺は、追い打ちのようにもう一つ対価を付け加える。

 

「なんならプリクラだけじゃなくて、他のやつもいいぞ! ゲーセンデートだ!」

 

 その言葉に、二人はピクリと反応した。

 

「お兄ちゃんとゲームセンターで」

 

「デート……」

 

 二人は向き合って視線だけで意思疎通すると、情欲に蕩けていた瞳を一転、嬉々として輝かせ食いついてきた。

 

「我慢する! 我慢するからお兄ちゃんとデートしたい!」

 

「ん、仕方ないから、兄さんとデートしてあげる」

 

 襲う気満々だった二人は、「デート」という単語で正気に戻りすぐさま崩れた衣服を整える。

 

 そうして普通にお洒落をした女の子の姿になると、先程のことはもう忘れたように「早く撮ろうよー」と笑顔を浮かべた。

 

 まったく、こうして笑ってたら可愛いのにな。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

「えっと、なんだこれ。わけがわからん……」

 

 一度も使ったことなかったので、画面に表示される様々な選択画面に、俺はただ頭上に疑問符を浮かべるばかり。

 

 女子なら友達同士でよく来てるのではないかと二人に助け船を求めてみるも、

 

「ハジメテはお兄ちゃんとがよかったから、全部断ってる」

 

「ん、ハジメテは兄さんとがよかったから」

 

 どこかおかしかったが、そんな風な答えが返ってきた。

 

 つまりは三人とも、使い方がよくわからないということだ。

 

 仕方ないので、三人で話し合いながらいろんな設定をこなしていき……。

 

 

「やっと、撮れる……」

 

「そうだねー」

 

「ん、長かった」

 

 どうにも無駄な設定が多すぎるだろと胸中で愚痴を吐露しながら、気晴らしに少し呆れ気味の二人の頭を撫でる。

 

 すると烈華と白咲は驚きながらも、嬉しそうに目を細めた。

 

「お兄ちゃんに頭撫でてもらうの好きー」

 

「ん、落ち着く」

 

 そう言ってピッタリと寄り添ってくる二人。

 

 ブラウスを着直したといっても、相変わらず下着をつけていないので二人の感触が否応なく主張してくる。

 

 だが二人が我慢してデートをすると決意したのだ、兄である俺が今さら胸の感触なんかに負けるわけにはいかない。

 

 大きく削られた理性に鞭打ち、「俺も、烈華と白咲の頭撫でるのは好きだな」と口に出す。

 

「えー、撫でることだけなの?」

 

 俺の発言に対し、烈華がそんなわかりきった疑問をぶつけてきた。

 

 それに俺は苦笑を浮かべ、ぷくーっと頬を膨らんだ烈華の頬をつつく。

 

「二人とも好きだぞ。家族としてな」

 

 すると一瞬は嬉しそうに目を輝かせるも、すぐにジトーっとした視線を送ってきた。

 

「むー、別にいいけどー」

 

「後半はいらない」

 

 拗ねたように不満を溢す二人が、なんだかとても愛らしく思える。

 

 普段からこれくらいなら、なにも困ることはないんだけどな。

 

 そう苦笑しながら、俺はちゃんと三人が写るように、二人の肩を掴み寄せる。

 

 すると二人は拗ねた様子を一転、少し気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

 

 ──カシャ。

 

 

 初めてのプリクラは、そうして幕を閉じたのだ。

 

 その後、二人とゲーセン内を巡ったのだが、時間も中途半端だったため今日は少し遊ぶ程度で帰路に就いた。

 

 ちゃんとしたゲーセンデートはまた今度ということになったので、そのときは平和で普通なデートになることを祈ろう。

 

 

 

 後日談だが、博隆ひろたかが取ってくれた千円分のお菓子は相当な量で、烈華と白咲と力を合わせてなんとか春休み中に食べきることができた。

 

 もうしばらくは、あのお菓子を見たくない……。

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