第16話 お決まりの展開

「ねぇお兄ちゃん、驚いてる? あたしたちがなんでここにいるのーって」

 

 愉快そうに目を細める烈華れつかは、静かに一歩ずつ歩み寄ってくる。

 

 その後ろには、氷河期を彷彿とさせるような氷点下の眼差しを向けてくる白咲しらさきが立っていた。

 

「なっ、なんでここにいるんだよ」

 

 俺はなんとか、かすれた声を振り絞って問いかける。

 

 それに烈華はニヤリと微笑で答えた。

 

「だって、お昼に電話かけたとき、マックの音聞こえたから」

 

「……?」

 

 それだけで? と首を傾げていると、烈華は犯人を追い詰めた名探偵のように自らの推理を語り出す。

 

「高校から徒歩圏内のマックを探して、その近くにあるゲームセンターに来たってこと」

 

 完全に考えを読まれている、だと……?

 

 烈華の驚異の推理力に、震えが止まらない。

 

「だって本条ほんじょうさんはすぐお兄ちゃんを遊びに誘うから、どうせゲームセンターに行くんだろうなぁって予想できたんだもん」

 

 なるほど、まるっきり博隆ひろたかのせいじゃねぇか。

 

 というか、行動パターンが単調すぎる……。

 

 今頃彼女とイチャイチャしているであろう博隆に悪態を吐きつつ、烈華たちに視線を戻す。

 

「……そういえば、なんで烈華たちはここに来たんだ?」

 

 先程から抱いていた疑問を投げかけると、烈華と白咲は揃って「なんで?」と小首を傾げる。

 

「お兄ちゃんと会いたかったから」

 

「ん、兄さんと一緒にいたかった」

 

 妹たちの口から紡がれたのは、そんな他愛もない理由だった。

 

「ってか、一緒に暮らしてるんだからわざわざゲーセンに来なくてもよかっただろ」

 

「えー? 別にいいじゃん」

 

 ぷくぅと頬を膨らませ、烈華は「なにか問題でも?」とキレ気味に尋ねてきた。

 

「いや、問題はないけど」

 

「ならいいじゃん!」

 

 俺の返答に烈華は声を荒らげ、腕を掴み力ずくで俺をベンチから起こした。

 

 そしてそのまま掴んだ腕に抱きつき嬉しそうに頬擦りをしだす。

 

「えへへぇ♪」とだらしなく笑みを浮かべる烈華の姿に、なんだか引き剥がす気が抜けてこちらまで笑みを浮かべてしまう。

 

「ん、烈華だけズルい」

 

 猫のように頬擦りする烈華に気を取られていると、先程まで静観していた白咲が烈華に対抗心を燃やし、反対側の腕に抱きついてきた。

 

 烈華にはない弾力と迫力に、つい頬が緩んでしまう。

 

 

「お兄ちゃん?」

 

「──ヒィッ、なっ、なんでございましょうか?」

 

 身の毛もよだつほどの声音に、俺は声を上擦らせながら烈華に尋ねる。

 

 烈華は狂気を孕んだ瞳で俺を見上げ、ただ無言で腕を抱き締めてきた。

 

 ほのかに感じる膨らみよりも、肋骨やらが当たってとても痛い。

 

「ご、ごめんっ」

 

「んー? なんのことについて謝ってるのかなぁ?」

 

 ギリギリと締められた腕が悲鳴を上げ、咄嗟に謝罪を口にするとよりいっそう烈華から放たれる怒気が濃くなった。

 

 あ、俺死んだわ。

 

 自らの死期を悟り思考放棄に徹していると、不意に拘束から解放され、自由を取り戻した。

 

 それにしても、急にどうしたのだろうか?

 

 そう首を傾げていると、烈華は「お手洗いに言ってくる」とだけ伝え、背後にあったトイレの中へと姿を消した。

 

 それから数分後、なにも変わった様子がなく帰ってきた烈華は、再び空いている俺の腕に抱きついてくる。

 

 だが押しつけられる果実は先程までとは違い、まるで直接当てられているような柔らかさだ。

 

「……なぁ烈華、もしかして」

 

 疑い半分で尋ねようとすると、烈華は心を読んだかのように「そうだよ」と答えた。

 

 

「ブラ外してきたの」

 

 

「なにやってんの!?」

 

 予想外すぎる実妹いもうとの行動に、俺は思わず声を荒らげる。

 

 周りから多少の視線を集めながら、俺はもう一度「なにやってんの?」と烈華に尋ねた。

 

「だって、お兄ちゃんが失礼なこと考えたから……」

 

 えぇ……、とつい呆れていると、今度は白咲が口を開いて──

 

 

「私は初めからつけてない」

 

 

「白咲もなにやってんの!?」

 

 白咲の奇行に、俺は再び声を荒らげてしまう。

 

 今度はより多くの、訝る視線が向けられる。

 

 多少の気まずさを感じるも、下着をつけないという奇行に走った妹たちにため息が止まらない。

 

 なるほど、道理で柔らかかったわけだ。

 

 腕に伝わってくる感触に頷いていると、ふと遠くの方から「穂高ほだかー?」と博隆の呼ぶ声が聞こえた。

 

 まずい。今この状況をやつに見られるのは本当にヤバい。

 

 ブワッと汗が噴き上がり、俺は咄嗟に逃げ場を探す。

 

 するとそれを察知したのか、烈華と白咲がまるで打ち合わせでもしたように同じ方向へと歩き出した。

 

 二人に連れられゲーセンの中を進んでいると、前方に見えてきたのは男子禁制を醸し出す個室の数々──そうプリクラ機だ。

 

 数並ぶ中で隅にあるプリクラ機に誘導され、俺はなんとか隠れることに成功した。

 

 プリクラ機の外に耳を澄ませていると、離れた烈華と白咲に部屋の奥へと引っ張られる。

 


「えへへ♪ やっとお兄ちゃんとイチャイチャできる♪」

 

「んっ♪ もう我慢できない」

 

「いや、ちょっ、二人とも?」

 

 よくよく見てみれば、二人は頬を紅潮させて瞳を潤ませ、熱っぽい息を吐いていた。


 どうやら、いつの間にか発情してしまったらしい。

 

 ……なぜ?

 

  そんな疑問を口に出す暇もなく、烈華と白咲に抱きつかれた。

 

 「えへっ、ふへへっ♪ お兄ちゃんっ、好きーっ♡」

 

「んっ♡ この匂ぃ、体の中から溶けそう……っ♡」

 

 ふわりと漂う甘い匂いに、耳から侵食してくるような猫撫で声。

 

 お腹に当たる異なった質量の膨らみに、まるで全身に雷が走ったような感覚に襲われる。

 

 ヤバいヤバいヤバい! 感触が! なま! むにっ、もにゅってする! 柔らかい!

 

 魔性の膨らみに理性を溶かされ、語彙が乏しくなってしまう。

 

 あぁ、男とはなんと欲に忠実な生物だろうか。

 

 そんな悟りを開いていると、ふとポケットのスマホが振動した。

 

 二人に抱きつかれながら確認してみると、博隆から「千円分溶かしたけど、今どこ?」との旨のメッセージが届いていた。

 

 一瞬助けを呼ぼうかと考えたが、この状況を見られると俺と妹たちの人生がゲームオーバーしてしまうので、仕方なく適当な言い訳を返しておく。

 

 さて、どうしたものか。

 

 嬉しそうに抱きついている二人の顔を見て、なんだかこの状況でもいいんじゃないかと思い始めている自分を殴りたい。

 

 深呼吸をして心を落ち着かせ、冷静になって二人に視線を戻すと──目が合った。

 

 瞬間、まるで狩人に狙いをつけられたような感覚が俺をたじろがせる。

 

 烈華と白咲は蠱惑に舌舐め擦りをして、蛇のように足を絡めてより密着してきた。

 

 密着するあちこちから感じる二人の女の子らしさに、俺の中の眠る男が目を覚ましてしまいそうだ。

 

 いやいや、落ち着けよ俺。妹に手を出したら人生詰みだってわかってるだろ?

 

 そう自分に言い聞かせ理性を保っていると、烈華と白咲は俺の肩に手を置き耳元で、

 

 

「お兄ちゃんっ、だぁいすきっ♡」

 

「兄さんっ、愛してる……っ♡」

 

 

 そう囁いてきた。

 

 耳にかかる熱い吐息に思考を奪われ、俺は無意識のうちに二人の体を抱き締めていた。

 

 ──しまった。我に返りそう後悔するも、時既に遅し。

 

 恐る恐る二人の様子を確認すると、

 

 

「えへへっ、嬉しいな、お兄ちゃんがあたしたちを受け入れてくれて♡」

 

「んっ♡ これで了承は得たから、好きなだけ子作りできる♡」

 

 

 どうやら、今から人生を賭けた死闘が始まるらしい。

 

 俺は絶対誘惑なんかに屈しないぞと強く心に誓い、二人と向き合った。

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