第15話 ゲーセンで発狂と遭遇

 雑談を交えつつ昼食を終えた俺たちは、歩いてすぐのゲーセンに来ていた。

 

 昼過ぎに、しかも制服姿でゲーセンに来るなんてなかなかない体験に、少しだけソワソワしてしまう。

 

 だが博隆ひろたかあずさは慣れているのか、まったく気にする素振りを見せず自動ドアへと進んでいく。

 

 そんな博隆たちに反応し自動ドアが開くと、耳をつんざくほどのゲーム音が俺たちを迎えた。

 

 やっぱり、入ってすぐは慣れないよなぁ。

 

 四方八方から鳴り響く騒音に耳を押さえていると、博隆が嬉々とした様子ではしゃいでいた。

 

「やっぱゲーセンっていったらこの音だよな!」

 

「えぇ……そう? アタシはうるさくてあんまり好きじゃないけど」

 

 どうやら梓は俺と同じ意見らしいが、表情からあまり不快感は感じ取れない。

 

 たぶん、博隆によく連れられて慣れてるんだろうなぁ。

 

「そうか? 穂高ほだかはこの音好きだよな?」

 

 梓の意見に首を傾げ、博隆は同調は同調を求めて尋ねてくる。

 

「いや、俺もあんまり好きじゃない」

 

「えー? あの穂高が?」

 

 あの穂高ってどの穂高だよ。少なくともこの穂高はゲーセン特有の騒音は苦手だぞ。

 

「まぁいいや。さっさと遊ぼうぜ!」

 

「時間は有限だー!」と叫び、博隆は子供のように走って奥へと消えてしまった。

 

 俺と梓は、テンションが高すぎる博隆に少し呆れてため息を吐くのであった。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

「ヒャッハー! オラオラ腐った死体どもっ、鉛玉で死に晒せぇ!」

 

 ゲーセン一階の奥に、ハイテンションな博隆の叫声が響き渡る。

 

 俺たちが今遊んでいるのは、ひたすら銃でゾンビを撃ち抜いてスコアを競うゲーム。

 

 博隆とゲーセンに来るときは大抵プレイしているのだが、毎度毎度うるさすぎる。

 

 特に隣で共闘している俺なんかは、大音量の雄叫びを受けて耳が麻痺しそうだ。

 

 こいつ博隆のことが好きすぎる梓でさえ、今は数メートル後ろで引きった笑みを浮かべている。

 

「おいおいどうした穂高! ぜんぜんスコア上がってねぇじゃねぇか!」

 

「お前がうるさくて集中できないのと、お前が片っ端から撃ち抜いてるからだろ」

 

「この世は弱肉強食なんだぜ! 穂高も少しは頑張ってみろよ! じゃないとここのスコアはオレが総取りするぞ!」

 

 いや、こいつ性格変わりすぎたろ。

 

 少しというか結構、呆れて言葉も出ない。

 

「フハハハッ! 次だ次だっ、どんどん来いや死体どもォ!」

 

 誰かこいつ止めて。

 

 

 

 ──それから数分後。

 

 

「……誠に、申し訳ございませんでした」

 

「わかればよろしい」

 

 すっかり高揚が収まった博隆は、トイレ前に置かれたベンチできれいすぎる土下座をして猛省していた。

 

 どうも今回は本当にひどかったらしく、うるさいやら物騒だと苦情が入り店員が直々に止めに来たのだ。

 

 そうして台から剥がされた博隆は、徐々に冷静さを取り戻して、今に至る。

 

 いやぁ、まさか店員が羽交い締めするとは思わなかった。

 

「ホントすまない……」

 

「別に気にしねぇよ。ただ、めっちゃうるさかった」

 

「ごめん」

 

 なんか、いつもヘラヘラ笑ってる博隆がこう申し訳なさそうにしていると、珍しさと奇妙さで笑いが止まらない。

 

「こら、ヒロをいじめるんじゃないの」

 

 そこで颯爽と割って入ってきたのは、先程まで博隆の叫声にドン引きしていた彼女さん。

 

「まぁ正直あのときのヒロは恐怖そのものだったけど」

 

「いや俺よりひどい言い様だな」

 

「だって、怖かったのは本当だもの。初めて見たわ、あんなヒロ」

 

「そうなのか? 梓は博隆とよくゲーセン来てるだろ?」

 

「そうだけど、アタシと来てるときヒロはゾンビゲームやらないし」

 

 俺は静かに正座している博隆へと目を向ける。

 

「い、いやっ、穂高と来るとどうも我慢できなくてな、つい」

 

 そう言い訳する博隆。

 

 いや恥ずかしそうに頬を赤くするな。バラを散らすんじゃない。

 

 ちょっと気持ち悪さが倍増しドン引きしていると、なぜか梓に背中を蹴られた。

 

 解せぬ。

 

 

 それはさておき。

 

「じゃあ博隆も反省したことだし、お詫びに奢ってもらおうかな」

 

「ここでか? まぁ別に構わないけど」

 

 不満気ながらも博隆は了承してくれた。だが本当に嫌そうな顔で「UFOキャッチャーで取れるまで奢れとかは止めてくれ」と懇願してくる。

 

「あー、どうしよっかなぁ」

 

「くそっ、穂高のくせに」

 

 迷惑をかけたのはお前だろ、と返しておいて、俺は店内を見渡す。

 

「じゃあ、お菓子で頼むわ」

 

「あ? お菓子? コンビニまで走ってこいと?」

 

「いや、すぐそこにあるだろ」

 

 疑問符を浮かべる博隆に、俺は少し遠くに見えるUFOキャッチャーの台を指差す。

 

「ほら、百円三プレイの」

 

「あぁ、あれか」

 

「それならお安いご用だ」と博隆が笑う。

 

「じゃあ千円分よろしく」

 

「ちょっと待てこら」

 

「なんだよ」

 

「なんだよ、じゃないだろ? わざわざ百円で三プレイできるやつに千円投げろって言うのか?」

 

「そうだけど」

 

 そう答えると、博隆は頭を押さえ呆れたように長いため息を吐く。

 

「なに? 三十回分のお菓子を全部食うつもりか? 太るぞ?」

 

「なんで俺が一人で食べるみたいに考えてんだよ」

 

 妹たちのお土産だ、と付け加えると、博隆は「ひっでぇ兄貴だな」と苦笑する。

 

「それに二人とも立派な女の子なんだから、ケーキとかの方が喜ぶんじゃないか?」

 

「その手の類いは烈華れつかが作れる」

 

「相変わらず高スペックだよな妹ちゃん。お前と違って」

 

「ぐふっ」

 

 親友からの不意打ちに、俺は思わず膝を突く。

 

 こいつ……俺が自覚してるのをわかった上で言ってきやがった。

 

「まぁまぁ、そう落ち込むなよ。オレは穂高にも良いトコあると思うぜ?」

 

「例えば?」

 

「……」

 

 慰めるならちゃんとしろよ。そこで言葉詰まらせるなよ。

 

 親友の頭を悩ませる姿に、だんだん悲しくなってきた。

 

「……はぁ、もういいよ。俺に良いところがないなんてわかってたことだし」

 

「ははは、拗ねるなよー、オレが悪かったって」

 

 ケラケラと笑いながら軽く謝罪してくる博隆に、俺は「気にするな」と返す。

 

「そうよ。そんなやつに謝る必要はないわ」

 

「梓、お前は謝れよ」

 

 午前のときだっていきなり蹴ってきたし。

 

 だが梓はそっぽを向いて無視の態度を取った。

 

 その様子に博隆が「仲良いな」と笑い出す。

 

「「仲良くない!」」

 

「ほら、息ピッタリじゃねぇか」

 

 いや、そのセリフを彼女と親友に使うのはどうかと思うぞ。梓めっちゃ嫌そうな顔してるし。

 

「さて、それじゃあ千円分菓子を取ってきますかね」

 

「あ、アタシも行くー」

 

「じゃあ俺も──」

 

 便乗して付いて行こうとすると、梓に般若の形相で睨まれた。

 

 言葉がなくとも「付いて来るな」という意思ははっきりと伝わってきて、俺は挙げかけた手をゆっくりと下ろす。

 

「……お、俺はここで待ってるわ」

 

「ん、そうか? じゃあ行ってくるわ」

 

「たくさん取ってきてやるからな」と心強いセリフを残して、博隆を梓と共にUFOキャッチャーへと向かった。

 

 ……はぁ、梓はホント恐ろしいな。

 

 先程の形相を思い浮かべため息を吐いていると、不意にポケットのスマホが振動した。

 

 どうやらまた烈華からのメッセージが届いたらしく、アプリを開いて確認してみる。

 

 そこには一枚の写真が添付されていた。

 

 写真には太鼓のリズムゲームや、フィギュアの展示されたディスプレイ、奥の方には見覚えのあるUFOキャッチャーが写っている。

 

 というか、

 

「ここ、だよな?」

 

 どうして烈華がこのゲーセンの写真を? と疑問に思っていると、もう一枚写真が送られてきた。

 

 それはゾンビゲームをプレイする博隆と俺の後ろ姿が写された写真。

 

 つまり──

 


「──お兄ちゃん♪」

 

 

 不意に聞こえてきた甘ったるい猫撫で声に、冷や汗が噴き出した。

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