第14話 ファストフードで昼飯

 春休みの重労働を終えた後、博隆ひろたかの誘いを受けてやって来たのはハンバーガーがメインの某ファストフード店。

 

 カウンター横の受け取り口で三人揃ってトレイを受け取り、窓際の四人席に着く。

 

 順番は奥からあずさ。その隣に博隆が座り、俺は博隆と対面する形になっている。

 

 一般的には平日だからか、店内は休日よりも込み合っておらず、所々から聞こえてくる談笑が程よいBGMになっていた。

 

 とりあえず労働で乾いた喉に炭酸ジュースを流し込んで潤わせる。

 

「そういえばさぁ、穂高ほだかよぉ」

 

 少し塩っ気の強いフライドポテトを摘まみながら、だらっと気の抜けた声で博隆が紡ぐ。

 

 

「春休み、なにかあったか?」

 

 

「──ぐふっ」

 

 突拍子もない質問に、俺は思わずジュースを吹き出しそうになった。

 

 口に含んでいたジュースが炭酸だったため、少しばかり喉がつらい。

 

 博隆の質問によって思い浮かばせられたのは、妹たち、烈華れっか白咲しらさきの豹変だった。

 

 つい先日、というか二人の態度が豹変した翌日の夜、下着姿の二人に迫られて気絶したのは記憶に新しい。

 

 今の今まで記憶から滅却していたのだが、博隆のせいで二人の艶やかな姿が脳裏にフラッシュバックし、変に意識してしまう。

 

 俺のリアクションに、博隆は目を輝かせて「なにかあったのか!?」とテーブルに身を乗り出して尋ねてきた。


 俺は申し訳程度に置かれた紙ナプキンで口を拭いて、なるべく平然を装いながら「なにもないぞ」と答える。

 

「なんでそんなこと聞いてきたんだ?」

 

 博隆にしては突然な質問に問い返すと、博隆はまた一つポテトをかじりながら「んー」と唸る。

 

「なんか穂高、春休み入る前より疲れてたから」

 

「……」

 

 なんとも的確すぎる指摘に、俺は呆気に取られる。

 

 さすが、と言えばいいのか。やはり超ハイスペックなパーフェクトDKは勘も鋭いのか。いや、目敏いというべきなのだろうか。

 

 俺は至って平然を保ち「なにもねぇよ」と答える。

 

「えー? ホントか? めっちゃ疲れてるけど」

 

「……ちょっと調子に乗って徹夜したんだよ」

 

 しつこく掘り下げてくる博隆に平凡な答えを引き出すと、興味が薄れたのか、それともなにかを察したのか、博隆は「そっか」と言いジュースに手を伸ばす。

 

 博隆が言及を止めたことに安堵し、俺は緊張で乾いた口にジュースを含む。

 

 ふぅ、なんとか誤魔化せ──

 

 

「そういえば、穂高の妹たちってめっちゃ可愛いよな」

 

 

「──ゲホッ」

 

 なぜか変わろうとしない話題(俺にしかわからないが)に、俺は思わず咳き込んだ。

 

 くっそ、炭酸がいてぇ……。

 

 俺は深呼吸で動揺する感情を沈めながら、「大丈夫か?」と心配してくる博隆に目を向ける。

 

 まさかとは思うが、わざとじゃないだろうな?

 

 わかってて聞いてきてるなら、こいつはいい性格をしてやがる。

 

「……なんだよ突然」

 

「いや、そういえばあの二人今年入学してくるんだなって思い出して」

 

「まぁ、そうだが」

 

 そういえば、冬休み辺りにそんなこと話したような気がしなくもない。

 

「いやぁ、うちの制服って結構女子に〝可愛い〟って人気らしいし、二人だったらめっちゃ似合うんだろうなぁ」

 

「なんて言ってますけど、彼女さんや」

 

 うちの妹の制服姿を想像して目を輝かせる博隆に、隣で黙々ポテトを齧っていた梓が浮気を疑うような冷たい視線を送っていた。

 

 そんな彼女に意見を煽ると、梓は手を止めきれいな方の手で健康的に焼けた博隆の頬を力強くつねる。

 

「いでで、いきなりどうしたんだよ梓」

 

「ヒロはアタシ以外の女子に興味があるんだぁ? ふぅん?」

 

 いやその聞き方だと、男としてはYESと答えるしかないんじゃないか? なんて首を傾げるが口には出さないでおく。

 

 だが博隆は、男子としてYESと答えても仕方ない質問に「違うぞ」と男らしく堂々と答えた。

 

「オレが好きなのは生涯梓だけだ」

 

「……っ、そ、そう。それならいいけど……えへへ♪」

 

 博隆のイケメンスマイルと歯の浮くようなセリフに、一瞬で懐柔される梓。

 

 よっぽど嬉しかったのだろう。さっきの不機嫌はどこへやら、頬を緩めだらしない笑みを浮かべている。

 

 はぁ、爆発したらいいのに。

 

 熱々なカップルを前に、俺のテンションは急降下。

 

 この場所は独り身には耐えがたい。

 

「なぁ、帰っていいか?」

 

「ダメに決まってんだろ? このあとゲーセン行くんだし」

 

「待って、それ初耳なんだけど」

 

 さも当然のことのように告げた博隆に驚きを隠せない。

 

 こいつ、よく人の事情聞かずに予定決めれるよな。このあと用事があったらどうするんだよ。

 

「どうせ暇だろ?」

 

「人の心見透かすの止めてくれない? いや、暇だけども」

 

 そう返すと博隆は「ならいいじゃねぇか」と愉快そうに笑う。

 

 はー、こいつ……ぶち負かしてやる。

 

 ゲラゲラと笑う博隆に半目を向けていると、なぜかさっきまで恍惚としていた梓に睨まれた。

 

 怖いんで止めてもらえませんかね?

 

 なんとも厄介なカップルにため息を吐いていると、ふとポケットに仕舞っておいたスマホが振動した。

 

 紙ナプキンで指に付着した油分を拭き取ってから確認すると、烈華から「お昼はなにがいい?」といった旨のメッセージが届いていた。

 

 やっべ、そういえば烈華に博隆と食べるって伝えてなかったな。

 

 少し焦って、俺は「博隆と食べてる」と返信する。

 

 するとほんの数秒で既読がついた。

 

 

 ──ピロリン♪

 

 

「うぉっ」

 

 既読を確認してスマホに仕舞おうとしたところで、今度は通話の着信音が流れ始めた。

 

 目の前のカップルや辺りから視線を感じながら、早急に烈華からの通話に応答する。

 

「もしもし?」

 

『……』

 

「烈華? どうかしたか?」

 

『……』

 

 が、なぜかかけてきた烈華は一言も喋らず、通話時間が更新されていく。

 

 なにかあったのだろうか?

 

 なんて首を傾げていると、ふと店の自動ドアが開き、お馴染みの音楽が流れる。

 

「いらっしゃいませー!」という店員の溌剌とした声が響き、

 

 ──プツン。

 

 なぜか通話が切れてしまった。

 

 なんの用だったのだろうか。妹の行動がなかなか読めない。

 

 通話終了を示す画面を見つめながら戸惑っていると、いつの間にかハンバーガーを齧っていた博隆が「どうした?」と尋ねてくる。

 

「……妹にいたずら電話された」

 

「あははっ、そりゃよかったな!」

 

「どこがいいんだよ」とため息を溢し、俺は博隆に倣うようにハンバーガーの包みを開くのであった。

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