第1話 平穏な日常の終わり
時間を遡ること数時間前。妹たちの高校入学と俺の進級を控えた春休み半ばの某日。
俺と妹たちは玄関先で両親を見送っていた。
というのも、昨日急に父さんが海外赴任で家を出ると言い出したのだ。しかも母さんまで付いていくとかいう始末。
一応向こうから生活費と小遣いは振り込んでくれるらしいが、年頃の息子娘を置いていくとか正気の沙汰じゃない。
ホントはぶん殴ってやりたかったが、さすがに我慢した。
暴力、よくない。
「……さて、クソ親父も行ったし家に戻るか」
「お兄ちゃん、口悪いよ……」
暴言を吐く俺に妹、
仕方ないだろ、事前に何も言わずに海外赴任だとか。たぶん俺じゃなくてもキレてるね。
というか何で二人はそう冷静なんだよ。
「だって、家事は基本あたしがやってたから特に困ることないし。むしろ二人分減ってラッキー、的な?」
口悪いのはどっちだよ。あとさらっと人の心読まないでくれる?
「お兄ちゃん、あたしが何年妹やってると思うの?」
そのぐらい簡単だよ。と烈華は薄い胸を張っ──ヒィッ。
「お兄ちゃん?」
ゴゴゴと効果音が聞こえてきそうなほど怒気と殺気を撒き散らし、烈華がゆっくりとこちらを振り向く。
うん、これは俺にでもわかるな。めっちゃ怒っとる。
「ごめんな?」
「どうして疑問形なのかなぁ?」
「ごめんなさい」
妹の圧に萎縮して謝罪する兄。男とはなんと無力なものか。
そんな情けない兄妹会話もリビングに着くとすぐに止み、烈華はソファーに置いてあったエプロンを身につけ台所に立つ。
少し紹介させてもらうと、
容姿はややあどけなさが残るものの充分に大人っぽさを感じられる。
基本的に誰とでも仲良く話せる圧倒的コミュ力と、抜群の運動神経を兼ね備えたリア充だ。
まぁ先のやり取りからわかる通り、あまり成長していない胸がコンプレックスのようだが……俺からしたら充分魅力的だし、気にしなくていいと思う。
そして──
「頑張れ烈華、私はオムライスがいい」
「お前も手伝えよ……」
「ワタシ、リョウリ、デキナイネ」
「なんで片言なんだよ。あとお前中国系じゃなくてロシア系だからな?」
片言までして必死に目を逸らすのは、祖母譲りの綺麗な銀髪がチャームポイントの新稲
家事全般を烈華がやってしまうためグータラ癖がついてしまっている残念系美少女。だが勉強だけは学年でもトップレベルらしい。
容姿も童顔と言っていいほど幼く烈華とは正反対だが、一番目につく対照的な場所は──胸だ。烈華が貧しいのに対し、白咲の胸は同年代よりも圧倒的に成長している。
童顔巨乳とかギャップ萌えがすごい。……これはセクハラになるのか?
なんてことを考えていると、ソファーから身を乗り出した白咲がジトーッとした視線を送ってきていた。
「兄さんのえっち」
「だから簡単に心読まないでくれる?」
そんな突っ込みを白咲はさらりと無視して、台所で調理している烈華へ「まだー?」と催促の言葉をかける。
いや、だから手伝えよ。
それから俺たちは烈華が作ってくれたオムライスを仲良く食べ、ソファーで三人並んでくつろいでいた。
しかしなぜだろう。あまり大きくないとはいえある程度余裕があるはずなのに、烈華と白咲は俺を挟み潰すように密着して座っている。
おかしいな、小学校以来こんなくっついてくることはなかったのに。
というか、密着しすぎて肩とか胸とか太ももとか当たってるし、甘い匂いするしで心臓に悪い。
「なぁ二人とも、近くないか?」
「そう? お兄ちゃんの勘違いだと思うよ?」
「ん、兄妹の距離が近いのは当然」
「いや近すぎるわ」
うん、近い。満員電車並みに近い気がする。いや俺は満員電車経験したことないけど。
もう少し離れろ。そう言うと烈華と白咲はからかうように笑みを浮かべ、
「もしかしてお兄ちゃん、照れてる?」
「照れてねぇよ」
「なら興奮してる?」
「もっとしてねぇよ!?」
どうしてこう、俺を煽るときのコンビネーションは最高にいいのだろうか。
お兄ちゃんちょっと羨ましいぞ?
「あははっ、お兄ちゃんからかうの面白ーいっ」
「俺は面白くないけどな」
「兄さん、正直になるべき」
「めっちゃ正直だと思うけどな」
「「またまたぁ」」
声を揃える二人に、俺は無言で頬を突っつく。ぷにぷにしていて柔らかかった。
「あははっ、お兄ちゃんへんたーい♪」
「兄さん、大胆……♪」
「……」
なんだろう、やっぱり今日の二人はどこかおかしい。
その疑問が拭えない俺は二人に尋ねてみようとしたのだが、
「あっ、あたしお茶淹れてくるね」
「私お手洗い行ってくる」
タイミングよく二人が席を立ってしまい、聞くタイミングをのがしてしまった。
まぁ、そのうち聞けばいいだろ。
なんて考えている間に烈華はお茶を淹れ終えていて、目の前のテーブルに三人分のお茶を置いた。
「お兄ちゃん、先に飲んでいいよ~」
「あぁ、ありがと」
俺は烈華に促されるまま、目の前のコップを手に取り少しだけ飲む。
あれ、お茶ってこんな香りしたっけ? それに独特な苦味が……。
「なぁ烈華、このお茶って──」
「よかった、飲んでくれて」
「──え?」
お茶のことを聞こうと烈華の方を向くと、烈華はどこか含みのある笑みを浮かべそう呟いた。
どういうことだ? そう尋ねようとしたのに、なぜか頭がくらくらして上手く言葉が出せない。
「れっ、か……」
俺は朦朧とした意識のなか烈華に手を伸ばす。その手を烈華は包み込むように握ってくれて──そこで俺の意識は途切れた。
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