第18話 エピローグ
この事件は由緒正しきハルホーン天啓教会を崩壊させた怪事件として歴史書にも記述がある。イナやヘルの名前は出てこないが、『やせぎすのチンピラ男』と『変な髪の毛の幼女』としてその存在については記述が見られる。
またこの事件において勇者ヒロハ・スリングブレイブは『普通の人間なら十回死んでいるほどの重傷を負ったが、さすがというべき回復力で一週間後には意識を取り戻した』とされる。歴史研究家にはホンマかいなと疑いを持たれている部分ではあるが、とにかく死ななかったことは事実だ。
ちなみに。残りのブレイブ・クラブメンバーたちも無論死ぬようなタマではない。その後も元気に他人を傷つけて生きたようだ。
――そして事件からおよそ一か月後。
「いままでお世話になりました」
ヒロハは王宮でついていた『大英雄官』の役職を辞任した。
あの勇者が辞める!? ということで初めは激しく慰留されたが、よく考えたら業務的にはなんの役にも立たないヒロハを王宮に常駐させておく必要はどこにもない。ということで『有事の際には馳せ参じる』という約束つきで辞任はあっさり認められた。盛大な送別パーティーは行われたが本気で別れを惜しんでいたのは秘書のポコぐらいであった。
――翌日。
「やあヒロハの旦那。おっ。そんな格好をしていると立派なレディですね」
街を出ようとする元・勇者に馴れ馴れしく話しかける人物が一人。
「ウワサはやっぱり本当だったんですね」
ヒロハはその片眼鏡の女に親しみのこもった瞳で微笑みかける。
「似合うじゃねーですか。鎧なんかよりよっぽど」
「そ、そうかな。ちょっと慣れないけど」
ヒロハは赤いワンピースドレスのスカートの裾をそっとつまんでみせた。
大胆に腕や肩を出したドレス。火傷の跡なんてどこにもない。これは言ってみればヘルのおきみやげのようなものだ。
「ことの顛末は聞きましたよ。これからどうするおつもりで?」
「えーとね――」
雲ひとつない空を仰いでJJの質問に答える。
「旅。旅をするんだ」
「目的は?」
「あの二人を探すためさ」
「……生きてるんですかね」
「さあ。でもなんかそんな気がするんだ」
「アナタがそう思うんでしたら、きっとそうなんでしょうね。会ったらさ。謝って……いや……なんでもねーです」
その後。ヒロハは身分を隠し自由戦士稼業に勤しみながらマクマール帝国を旅していた。
ことさらに女性らしい格好で街を歩く彼女の正体が勇者ヒロハ・スリングブレイブなのではないか。などと考えるものは誰もいない。
とはいえ。彼女はその容姿に似合わない確かな腕前と一風変わった仕事の受注の仕方でよく酒場の話題に上がり、ちょっとした有名人となりつつあった。
「変わってるってどう変わってるんだい?」
「ん? なんかよ。『魔物退治してくれ!』とか『幽霊が出た!』とかいう馬鹿ミッションが出ると必ず受注してるんだって」
「へえ」
「今日も墓場に幽霊が出るとかって聞いて喜んで出掛けて行ったよ。なんでも墓のお供え物を盗んで食べる幽霊がいるんだと」
「女は好きだねえそういうの」
「ここか。不気味な所だなァ。これはいよいよ当たりの予感がする!」
かつてイナとヘルが出会った街、ダラッツの近くには大規模な集団墓地があった。
この街で死んだゴロツキ共はここに乱雑に埋められ、墓碑銘も彫られていないただの石をデンと置かれ、そして忘れ去られていく。
「さてと。このケーキとお酒をどこかに……」
当然そんな墓地に管理が行きわたっているわけもなく、草生え放題の荒れ放題。金がないカップルの嬌声が響いたり、なんらかの非合法な取引に使われたり、許可なく死体を埋めるヤツまでいたりとまさに無法地帯であった。
そして。中にはそこを宿屋代わりにしているヤカラもいた。
それは。人間とは限らない。
「もう半年か……」
「ん? なにが?」
「今の生活が始まってからだ」
男が大きく溜息をつく音が夜の墓地に響いた。
「あっ! そういえばそうだね! じゃあ記念パーティーでもやろうか」
年若い女の子の弾んだ声も聞こえてくる。
「よせよ。めでたかねえし」
「二人生きていただけでもおめでたいよ!」
「……まあよく生きてたなとは思うけどな。こんな姿とはいえ」
「うんうん。わたしなんて死ぬ気しかなかったのに」
随分と物騒な会話である。
「まあちょっとぐらいパーツがなくてもどうにかなるもんだね」
「ちょっとってレベルか? まあそれはいいとして――」
男は再び溜息をついた。
「いつになったら元に戻れるんですかねぇ」
「それは。もうちょっとかかる」
「ホントに治癒は進んでるんだろうな」
「進んでるって。あなたなんて最近すっごく顔色がよくなってきたし」
「……鏡がねえから分からんけど多分ウソだと思う」
「まァ。やっぱりまずはパパのかけらを集めないと難しいかも」
「だよな。やれやれどこにあるやら」
男はボウボウに生い茂った草にダイブして寝転んだ。
「あの野郎も。どこでなにをしてやがるやら」
「いなかったねえ王宮には」
「早く見つけねえとな」
それを聞いて女の子のほうは少々口をモゴモゴさせる。
「ねえ。もし『彼女』と出会ったらさ。また闘うの?」
「……いや。俺の闘いはもう終わったよ」
「じゃあなんで会いたいの?」
「そりゃあおまえ……。この後の人生をどうしていいかわからないからな。とりあえずヤツのツラを見ないコトには始まらない」
すると。ゴチーン! という乾いた音が墓地に響いた。
どうやら女の子の方が頭突きを食らわせたらしい。
「なにをしやがる!」
「だまれ臓物! だってそんなのおかしいじゃん!」
「なにが!」
「わたしがいればあの子なんていらないでしょ!」
「どういう意味だそりゃ……って! おいそれどころじゃないぞ!」
「なによ! ごまかさないで!」
「バカ! 鼻をクンクンさせてみろ! これは! 久しぶりの『食料』の匂いだ!」
「……ホントだ!」
「しかもこりゃあもしかして! 酒と!」
「甘いもの!?」
男は女の子を小脇に抱えると前につんのめりながらものすごいスピードで駆けた。
(――ほ、ほんとに来た! オバケ!)
ヒロハが適当な墓石の前にお供え物を置くと、ものすごい勢いで足音が迫って来る。
慌てて近くの大きな墓石の陰に隠れて様子を伺う。
そこへ現れたのは。
「おおおおお! やっぱり思った通り! 酒と!」
「ケーキだあああああ!」
二人はオバケとは思えないはっきりとした声でしゃべりながらお供えものに手を伸ばす。
「かあああああ! やっぱり酒はうまい!」
「その体で味分かるの?」
「気分だよ気分」
(あれは! あの二人は!)
ヒロハが草葉の陰から見つめているのは、真っ白い骸骨と実に可愛らしい顔をした紫色の髪の毛の女の子……の生首であった。ヒロハは墓石の陰から飛びだす。そして――
「バカ――――――――!!!」
骸骨の方に強烈なパンチをお見舞いした。
トライアドブローである。
骸骨は吹き飛び、墓石がドミノのようにぶっ倒れた。
「なんでこんな所にいるんだよ! どれだけ探したと思っている!」
「きれいなじょせい……。えっ!? でももしかして!」
「おまえヒロハか!?」
驚愕の声を上げる二匹のオバケ。ヒロハの声はぷるぷると震えていた。
「急に闘いを挑んできて! さんざんやりたいことやって! 勝手にまたいなくなったと思ったら、骸骨と生首なんかになりやがって! それに!」
人さまの墓石をサッカーボールのように蹴飛ばしながら怒号を響かせる。
「こんな姿なのに! なんでそんなに楽しそうなんだよ!」
「へへーん。それはね!」
ヘルが首だけのクセにぴょんぴょんと跳ねながらこんなことを言った。
「好きな人と一緒ならなんでも楽しいからだよ!」
「はあ!? なにそれ! 誰が誰を好きだっていうイミ!?」
ヒロハは生首を拾い上げてほっぺたをつまむ。
「いってえな! 臓物ブス! りょうじょくするぞ!」
ヘルもいつのまにそんなわざを覚えたのか髪の毛を操って同じくほっぺたを掴む。
「――ブッ! ギャハハハ! ハーーーーーハハハハハハハハ!」
イナはあまりの珍妙な光景に体をカラカラと鳴らして笑った。
なにがツボに入ったか知らないがいつまでもいつまでも笑っている。
あまりのキモチの悪い笑い方に二人も釣られて笑った。
今夜は満月。
月明かりが三人のシルエットを地面に投影する。
生首と骸骨と勇者。
三人の人生はこの後も平温無事というわけにはいかず、命を投げだすような闘いの連続であった。
でも。三人はずっと一緒だった。
血マミレで死ね!そして蘇れ! しゃけ @syake663300
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