第13話 コラ・ドラゴンの巣穴
多くの軍事組織がそうであるように、ロウの訓練生たちにも「実戦訓練」というものが課せられていた。
「ド、ドラゴンの巣穴?」
さすがというべきか、その内容たるや獅子が千尋の谷に子供を落すが如し、というか「死んでも別にいいや」とでも言いたげな難易度であった。
せめて先導役の教官でもついて来てくれればまだマシだったのかもしれないが、メンバーに編成されていたのは同期の仲間たちのみであった。もっとも。イナは彼らのことを仲間であると思ったことなどないが。そもそも名前を覚えているのが一人だけだし――
「どうしよう……あの娘来たらもう出発だよね……」
「適当に消滅させたことにして帰ってきちゃえばいいんじゃないの?」
「そんなわけにはいかないでしょ」
その唯一の知り合いとも、トライアドブローのことで一度喧嘩をして以来ほとんど会話をしていなかった。人気者のヒロハは常に別の同期に囲まれているというのもあるが。
「……」
「…………」
待機場所でもお互いをチラチラ見ながら会話はなし。そんなに数秒に一回チラチラ見るくらいなら仲直りすればいいのに。と同期たちからは思われていた。
「遅いなあしかし」
イナたちは同期生の『サシャ』が合流するのは待っていた。彼女は半月ほど前に単独でマディンソンに遠征訓練に行っていて、今回のイベントに合わせて久しぶりにこちら帰って来る。殆ど会話をしたこともないが、黒髪をお下げにした大人しい少女であること、得意技は召喚魔法であることぐらいは流石に知っていた。
「ずいぶん久しぶりだよねー」
「懐かしいなあ。彼女との思い出といえば……とくに思いつかないけど」
「うん。まったくなにもないね」
などと会話をしていると。――ドドドドドという地響きが聞こえてきた。
「ホーホホホホホホホホホホホ!」
現れたのは巨大な白い象。その上には金髪をグルグルに巻いた貴婦人が乗っていた。
「……だれ?」全員の疑問をヒロハが代弁する。
「何を言っているんですの!? わたくしですよわたくし! サーシャ“ザ・ドリル”アンクスですわ! このわたくしが来たからにはドラゴンだろうがなんだろうがオチャノコサイサイよおおおおお!」
都会に行って悪い意味で垢ぬけてしまう。そういうことはこの当時にもよくあった。
「……そうなんだ。早く行こう。象しまってね。入り口狭くて入れないよ」
「ええええっ!? せっかく召喚したのに!」
魔族との戦争ハナヤカなりし頃には各地に『ドラゴンの巣穴』が存在していた。
これは帝国本土に侵攻してきたドラゴン族の魔族たちが拠点、砦として築いたものだ。
当然その中には――
「ちっくしょう! チョコマカと!」
「ぎゃああああああ!」
大量のドラゴンたちが待ちかまえている。先陣を切って現れたのは、体は小さいながらも高い飛翔能力を持つドラゴネットであった。訓練生にとって決して楽な相手ではない。
「クソが! ちんちくりんのクセしやがって!」
イナは腰に下げたバスタードソードを切り上げるようにふるった。
ドラゴネットは充分に引きつけてからそいつを躱す。
(速い――!)
そしてニヤりと笑うように口を開くと火球を放った。
イナの脳天にぶち当たる。
髪の毛の焦げる匂い。
必死に消火する間に敵は毒のある牙を剥いてイナの肩にとまった。
「しまっ――!」
「――ハアッ!」
だが。次の瞬間、強烈な剣撃が放たれイナの頬を鋭い鉄風がくすぐる。
チャキン。という剣を鞘に納める音。
まっぷたつになったドラゴネットの血の臭いが鼻をつく。
「ヒロハ……」
イナは久しぶりにその名前を呟いた。
「場末の旅芸人みたいになってるよ」
ヒロハはイナのチリチリに焼けた髪の毛を指さした。
「緊張しすぎ。あんなの冷静にやれば手こずるような相手じゃないよ」
やかましい! とヒロハを睨み付けようとしたとき――
「キャアアアアアアアアアアア!」
やたらと可愛らしい声が聞こえてくる。
金髪ドリル女のサーシャが緑色でぶつぶつだらけのトードドラゴンの大群に襲われていた。彼らはぶっちゃけ普通のカエルと大差のない戦闘力の持ち主である。
イナはバスタードソードでカエルたちを追い払ってあげた。
「俺も言えねーが、こんなザマならあんなにエバりちらすなよ」
手を伸ばして起き上がらせようとするがサーシャは拒否。
「うるさいですわ! 召喚魔法は時間かかるから細かい敵は苦手なの!」
と勝手に立ち上がる。
「見てなさい! もっと強いのが出てきたらわたくしの出番! 泣いてわたくしに救いを求めるがいいわ!」
そしてプリプリと巣穴の奥に進んでいった。
「ちぇっ! みんな情けなさすぎるよ! 先が思いやられるなァ」
ヒロハは苛々と地面を踏みしめた。
ドラゴンの巣穴とは、潜れば潜るほど強敵が出てくるものであると当時の文献には書かれている。どうやらそれは事実らしく――
「ギ、ギガントドラゴン……」
全長十メートルはあろうかという巨大な四足の魔獣が行く手を塞ぐ。動きは鈍重だがとてつもなく固い鱗を持ち、魔族としては珍しく非常にガマン強いことで知られている。
既に疲労困憊の訓練生はげんなりとした息を吐くが――
「キャーーーー! キマシタワー!」
一人テンションが上がる者がいた。サーシャである。
「今こそ! 天才召喚士サーシャの最強のしもべを見せてやりますわ! 超重量級三つ首猛犬! ヘルフレアギガベロス! 見参せよ!」
「ちょっ! そんなもの呼びだしたら――!」
眩い銀色の光とともにギガントドラゴンよりもさらに一回り大きな、意外と可愛らしい毛むくじゃらの生き物が現れた。訓練生たちは一瞬のみ、おお! と感心しかけたが。
「あれ?」
「ぬ、抜け――!」
バキキキ! ゴリイ! という音とともに地面が裂けた。
「だから言ったのに!」
ヒロハは跳躍し、辛うじて落下するのを回避。
他のヤツらは全員穴に落ちた。
ギガントドラゴンも巨大犬も目を回して気絶していた。
「なにやってるんだか」
ヒロハは呆れ果てた目でそれを見下ろす。
「まあアソコにいれば安全か。ほっとこ」
訓練生たちを置いてさらに深層に進んだ。
足手まといがいなくなったヒロハは実にスムーズにドラゴン族たちを討伐してゆく。
息ひとつ乱さずにどんどん奥に進み――ついに。
「なにこれ。バカじゃないの。バケモノの癖に」
ギラギラと黒光りする宝石が散りばめられた鉄扉が現れた。
この奥に穴の主がいることはほぼ間違いないであろう。
扉を破壊するべく少し後ろに下がって構えると――
「待てよ」
ヒロハの肩に手が乗る。
驚いて思わずヒジ打ちを喰らわせると、ぎゅうと呻き声が上がった。
「――イナ!?」
「痛てえなぁ」
イナは全身ホコリと切り傷だらけになりながらもそこに立っていた。
「ど、どうやって来たの?」
「どうやってもなにも。なんとか穴を登って、それから走って追いかけてきたんだよ。待っててくれたっていいだろう」
「よくたどりつけたね」
「強いのはおまえがだいたい倒しておいてくれたからだ」
「そっか」
ヒロハはなぜかにっこりと微笑んだ。
「なに笑ってんだ?」
「別にィ。イナはけっこー根性があるなあと思って。さすがは入隊試験組唯一の生き残り、そしてこのボクの幼馴染み。他のカス共よりはいくらかマシだね」
そういって背中を思いきり叩く。
「口悪っ……普段仲良くしてるくせに」
「あんなのフリだよフリ。そんなにスキじゃないんだ」
「あっそ……まあとにかく。さっさと行こうぜ」
イナは扉に体当たりをぶちかます。だが扉は壊れない。
「二人で一緒に当たったほうがいいよ」
「そうだな」
「「せーの!」」
ドン! ドン! ドン! と音が鳴り響く。
五回目の体当たりでようやく扉はこじ開けられた。
「やったね!」
ヒロハはイナに握手の手を伸ばす。
「おいおい。せめてドラゴンを倒してからだろ」
「ちぇっ」
二人は顔を見合わせて少し笑った。
それから。イナが先に扉で仕切られた部屋に入っていく。
「俺が先に仕掛けるから、おまえはあとから来てきっちり仕留めろよ」
「ういうい♪」
「……なんでそんなゴキゲンなんだ?」
「別に。なんか楽しいなーと思ってさ」
「変なヤツ」
細い廊下のようになった真っ暗な道をゆっくりと進むイナとヒロハ。
二人はやがて明かりのついた広い部屋に――
「――!? なんだこの――」
「イナ!?」
イナのどてっぱらに『管』が突き刺さる。
厳密にはそいつは管ではなくこの巣穴の主であるコラ・ドラゴンだった。
ぶよぶよした真っ赤な細長い体を蠢かせる姿はさながら人間の内蔵。
彼はその醜悪なる管状の体の一端(見分けがつきづらいが尻尾の方だと思われる)のやたらに鋭利に尖った部分をイナに突き刺して、低い唸り声を上げていた。
「――っ! こんのバケモノがぁぁぁぁ!」
ヒロハはアイアン・ブレードを最上段に構え、コラ・ドラゴンの尻尾辺りに振り下ろす。
殆どなんの手ごたえも無く醜悪なる体は輪切りにされた。
「きんも!」
突き刺さった尻尾を引っこ抜いて、イナを部屋の隅にほおり投げる。
改めて見ると部屋に所狭しと宝石類が転がっていた。
「ぶっさいくな顔して宝石集めなんて笑っちゃうね! さあ来いよ!」
そんな風に挑発するヒロハを無視し、コラ・ドラゴンは部屋の反対側のイナに向かって見た目からは想像のつかぬスピードで這った。
「――なんで!? おまえの相手は! クソッ!」
後の研究で分かったことだが、コラ・ドラゴンは戦闘の際、その場にいる敵の中で最も弱いものから順番に殺していくという性質があるらしい。そして。彼らが敵を殺すときに使う技は。
「ウウウウウオオオオオオオオォォォォォ!」
口から吐きだす酸であった。気色の悪いことにそんなところまで人間の腸に似ていた。
ヒロハは強烈に地面を蹴りイナの前に立つ。
虚ろな目。おびただしい出血。殆ど気を失っていた。
「ヒロ……」
「安心しな! 助けてやる! 全くいつまで経ってもボクがいないとダメなんだから!」
「ウオエエエエェェェ! ゲロオオオオオォォォォ!」
ヒロハは十字に組んだ両腕で黄色いおぞましい液体を受けとめる。
ジュウウウウ! と皮膚が焼ける音。
「うえ! 熱いし、キモイし、くっせーし最悪! でも。別に即死するもんではないね」
そう言ってニヤりと笑った次の瞬間には、コラ・ドラゴンは細かくぶつ切りにされて部屋に散らばっていた。
「腐臭やべえ! 早く逃げないと! イナ!? 立てる!?」
イナはかろうじて口を動かして「たてる」と発音した。
「いやムリだろ! そのザマでは! ウソつくなよな!」
ヒロハはイナの細い体を背中におぶった。
「――つっ! 痛って! くっそー! 酸が効いてやがる!」
ヒロハはイナをおぶったまま巣穴に残った残党たちと足のみで格闘、それらをすべて倒し、無事巣穴を抜けることに成功した。
このエピソードは後に編纂されたヒロハ・スリングブレイブの伝記にも記載されている。
――イナ・グロウリアの名前はどこにも出てこないが。
ヒロハは医療施設にドアをブチ壊して飛びこみ、イナをベッドにほおり投げるとそのまま気絶した。
――目を覚ましたのは一週間後のことだった。
「んん……ここは……」
「あっ! よかったです!」
メディックの女性が嬉しそうにヒロハに駆け寄る。
「メディックさん……? 医療施設……?」
「一週間も寝てたんですよ? 外傷はそれほどでもなかったんですけど、疲労がひどくて。御気分はいかがですか? あっ! まだ起きあがらないほうが」
女性は自分の子供と同じ位の年頃のヒロハの身を案じてくれているようだ。
だが。ヒロハが最初に口にしたのは自分の体のことではなかった。
「イナは!?」
「へっ?」
「ボクがここに担いできた男の子だよ! あいつはどうなった!?」
「ああ彼なら。とっくに目を覚ましてもうここを出ましたよ」
「えーっ!」
ヒロハは不満気に頬を膨らませて腕を組んだ。
なんてことだ! 自分の方が重傷になってしまうとは!
あいつを助けるために頑張ったというのにこれでは不公平ではないか。
「なんだよ! せめてボクが目覚めるまでぐらいは、つきっきりで看病ぐらいしたらどうなんだ!」
そう言って右手の拳を左手の掌に打ちつける。指の骨が折れやしないかと心配になるくらいの勢いでだ。
女性は少々冷や汗を掻きながらこういった。
「えーっと。その彼から手紙を預かってるけど……」
ヒロハの顔に驚きが浮かぶ。まあこの年頃の少年は誰でもそうかもしれないが、なかんずくイナはそんなものをしたためるようなタイプとは程遠い。
なにか妙な胸騒ぎがする。
羊皮紙を二つに折り曲げただけの手紙を開くと、そいつにはこんな風に書かれていた。
『すまん俺のせいで。やはり俺にはおまえの隣にいる資格なんかなかった。いなくなる』
シンプルな文面。――それを読んだヒロハの感想はこうだった。
「バカバカバカバカバカバカーーーーーーーーーーーー! 意味がわからない! 意味がわからない! 意味がわからない! 意味がわからない!」
ビリビリに破かれた手紙は空中に舞い、炎の魔法で灰となった。
「クソ! クソ! クソ! 見つけ出してぶっ殺してやるからな!」
ヒロハの腕や肩にははっきりと酸で焼けただれた跡が残っていた。
それ以来、ヒロハはあまり鎧を人前で脱ぎたがらない。
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