第11話 神聖なる法術士ミズ

 東部地域ビンス・アップルは首都マディンソンを擁するマクマール帝国の中心地だ。敷地面積は全体の六分の一程度にすぎないにも関わらず、人口全体の三分の二以上がここに集まっていた。イナが産まれたアデイチの村もビンス・アップルに位置している。

「へー。イナって意外と都会っ子だったんだね」

「都会なもんか。北のはずれのド郊外のド田舎だよ」

 そのド郊外から十キロほど南下した所に『フォンエーリ』という都市があり、そこが今回の御一行の目的地である。

「おお? なんかキラキラしてるねえ」

 フォンエーリはマクマール帝国の人々の九十パーセントが信仰するとされる聖教ステファーンの聖地でいわゆる宗教都市であった。街の至るところに聖女ステファーンの銅像や石像が飾られ、少々派手な装飾の教会が点在。コバルトブルーとイエローの派手な僧衣を着た神父と十歩も歩けば一人はすれ違う。

「で、これがここの名物だとよ」

 イナはヘルとJJをステファーン大聖堂に案内する。

 全館光沢のある大理石作りの荘厳な佇まい。怪獣でも刺すつもりなのかというくらいに鋭くとがった高い屋根が空に向かって無数に伸びていた。

「わあすごーい! 色んな所に行けて楽しいなあ」

 ヘルは軽い足取りで建物の中に入っていく。そして。

「オエエエエエエエエエエエエエエ!!! ぞうもつううううううううう!」

 例の本当に吐いているのかよくわからない嗚咽の声が聞こえた。

「なんこれ! きっしょい! バケモンたちの乱交パーティーじゃん! ひいいいい!」

 大聖堂には宗教絵画や彫刻、それにステンドグラスなんぞが飾られていた。

「きゃああああああ! こっちの石像はなに!? とんでもなくエロい! ちんちん丸出し! 立体的なちんちんを作るなんてどんなキモチなんだこのスケベ人間!」

「握るなちんちんを」

 大騒ぎするヘルに対して、JJは顔を近づけてじっくりと作品を見つめていた。

「JJ。おまえはこういったものの良さがわかるのか?」

「いや。目が悪くてよく見えないから顔近づけてただけ。私に信仰なんてねーですよ。強いて言えば金を信仰してますけどね」

「なるほど。世界の最大手宗教だな」

「イナの旦那は?」

「まあ確かに冷静に見れば気持ちわりいな。男が全裸で立ってるところなんか見たくもねえし、裸婦の絵もクソデブばっかりだ」

「ですね。この神様もハゲててみっともねー」

「それにほら見てよ! このステファック様とかいう女もぶっさいく!」

「貧乳だしな」

「性格も悪そう!」

「でもモリマンなのはいいんじゃねーですか?」

「……………………」

 ――三人は巡回していた神父の手によってつまみだされた。


 大聖堂別館の『懺悔堂』はピザかケーキのような造りであった。円形の建物が放射状に八つの部屋に分かれており、それぞれが個室の懺悔室になっている。

「懺悔ねえ。あやまんなきゃいけないくらいだったらやらなきゃいいのに」

「地獄に行く覚悟もないのに悪いことするのがだせーですよね。その点イナの旦那は地獄落ちの覚悟が完全に完了しているからいい」

「今より下の地獄なんてあるかもわからねえしな。そんなもの怖がっても仕方ないよ」

「ういー。かっこいいぜ。でもイヤリングはともかくサークレットがゲロ似合わねえな」

「やかましい。おまえだって変なメガネのくせに」

「なんでそんなのつけてるんで? ヘルちゃんが似合いそうなのに」

「これをしてると魔力が高まるんだと」

 大聖堂中庭にてそんな会話をしているとヘルが懺悔受付から帰って来た。

「ねー人気の神父さんは三十人待ちだってー」

 五十八と数字が書かれた小さな木板を見せる。どうやら『整理券』のようなものらしい。

「かあ。悪人ばっかりかよ世の中」

 イナは自分のことを棚に上げて世を憂う。

「ねえどうするー?」

「どうするもなにも待つしかないだろう。奴に会う方法はそれだけだ」

「じゃーごはん食べに行こうよ」

「宗教都市に飯屋なんぞあるか」

「えー!?」

「そのへんほっつき歩いてりゃすぐだろ」

「あっそれもいいね。お散歩したいかも」

「私ゃちょっと取材でもしてきます。なかなかこんなところ来る機会もねーですから」

 三人は二手に分かれた。


 フォンエーリの郊外には廃墟となった教会がいくつかあった。

 大聖堂の建設と共にそこで働いていた神父や信者たちが引き抜かれる形となり、建物だけがそのまま取り壊しもされずに残っているらしい。

「こんな風にボロボロのまま残してたらバチが当たりそうだがなあ」

「ホントにねー。えいやえいや!」

 イナは横倒しになったステファーン像の顔の辺りに腰掛け煙草を吸っている。

 ヘルはヒビの入ったステンドグラスをパンチやキックで割って遊んでいた。

「ねえねえ。ミズ・フリッツっていう人はイナにどんな臓物ひどいことをしたの?」

「――勝手にひどいことをされたと決めるな」

 イナは煙を大きく吸い込んで、天井に向かって吐きだした。

「俺にとってあの人は『恩人』になるのかな」

「ええっ!?」

 およそイナの口から出てくるものとは思えない言葉に目を見開く。

「入隊試験で本来は合格できる成績じゃなかった俺を評価してくれて、ロウ入隊を認めてくれた人がいた。それがミズ・フリッツだ」

「へえええー。じゃあロウに入ってからひどいことをされたの?」

「されていて欲しいのか?」

「そうじゃないけど」

「そんなことは一度もされちゃいないよ。むしろいつもかばってくれた――だから」

 タバコの先端をステファーン像の眼球に押しつけ、火を消した。

「少々やりづらい相手ではあるな」

 そういうとヘルは少考の後、大真面目な顔でこんなことを提案する。

「じゃあさ……私が一人でやろうか?」

 イナは珍しくブッと噴き出して笑った。

「冗談言うなよ。あの人はおまえの頭突きではどうにもならん」

「でも……」

「いいから任せておけって」

 紫色のアタマに乱暴に手を置く。

 ヘルはソワソワと両手の人差し指をあわせながらイナの顔を見つめていた。


 懺悔室には小さな木の椅子と部屋をセパレートする赤いカーテンがあるのみだった。

 全体に絢爛趣味な聖教ステファーンではあるが、さすがに懺悔室が華美なのはまずいと思ったらしい。

 イナは椅子にどっかりと座った。ヘルは部屋の外で待機。

 ――やがて。カーテンの向こうから神父の声が聞こえてくる。

「聖母ステファーン様の慈しみに信頼して。汝の罪を告白されよ」

 穏やかな包み込むような声音であった。

 イナの胸に憧憬が去来する。

「神父サン。俺にはな――」

 ガラガラの声で告白の言葉を紡ぎ始めた。

「子供のころからよく喧嘩をしたライバルがいたんだ。ある日そいつは天職が勇者だからとかっていってロウにスカウトされていった。俺は死ぬほど羨ましかった。というか。悔しかった。だからさ。ヤツを追って入隊試験を受けたんだ。本来なら合格できる実力なんてなかったんだけど、ある人の目に留まったおかげでなんとか入隊することができた」

 神父は無言でそれを聞いている。

「だけど。こういうのもなんだが『天職』ってヤツはマジだな。ライバルは信じられないくらいの勢いで力をつけていった。しかし。俺はまったくなにも身に付けることができなかった。散々ひどい目にあったのにも関わらずだ。それでとうとう逃げ出しちまった」

「……! まさか」

「まあそのことは別に後悔しちゃいねえよ。だけどな。俺を認めてくれて入隊してからもいろいろ面倒見てくれた神父のおっさん。そいつにだけは少しすまねえと思って――」

 言い終わるか終わらないかのところでカーテンが開いた。

 そこに立っていたのは――

「ミズさん……」

 彼はなにひとつ変わらない姿でそこに立っていた。コバルトブルーとイエローの僧衣、銀色の長い髪の毛。右手には小さな聖女ステファーン像を持っていた。

 懐かしさにイナの冷え切った心臓が少しだけ温まる。

「イナくん……ですよね」

「そ、そうです……」

 ミズはイナの方に笑顔で駆け寄ると――

「――死ね」

 右手に持っていたステファーン像の先端をイナの喉に突きさした。

「え……?」

 さらに懐から取りだした二本のナイフをイナの両目に突き刺し、あげくの果てにそれを押し入れるようにしてハイキックまでお見舞いする。

 ミズは顔を醜く歪めて叫んだ。

「――よくもノコノコと現れやがったな! てめえのせいでどんだけ恥かいたと思ってやがるんだこのボンクラがあああああああああ!」

 ヒザ、ヒザ、ヒザ、ヒジ、ヒザ、ヒザ、ヒジ、ヒザ、ヒザ、ヒジ、ヒジ。

 さらにメイスの先にトゲだらけの鉄球がついた武器――いわゆるモーニングスターをイナのアタマに振り下ろす。

 鮮血。さらに返す刀でアッパーカットのようにカチ上げる。

 体が宙を飛んだ。なんとか身をひるがえし足から着地する。

「……相変わらず無駄に打たれ強さだけはあるな」

 イナは目に刺さったナイフを引っこ抜き、床にたたきつけた。

「なんだ……『あんたも』かい……」

「どういう意味だ。ゴミ野郎」

「いやなんでも――ぐぅ!?」

 言い終わるよりも先に、ミズがブン投げたモーニングスターが口の中に飛びこんだ。

 仰向けに倒れる。

「自害しろ! 自害しろ! 自害しろ! 自害しろ! 俺は聖職者だ! 人を殺すことはできん! さっさと自分で死ね! 痛みと屈辱に耐えかねて死ねえええええええ!」

 口に刺さったモーニングスターを足で踏み、グリグリと回転させる。

「ぐおおおお! こんの聖職者野郎!」

 イナはなんとかモーニングスターを吐きだすと、床を転がりながら立ち上がった。

「ちっ! 死にぞこないが! なぜ自害せぬ!」

「……よくもその本性を今までひた隠して生きてきたな」

「当然だ。この正体を見た奴は全員自害したからな」

「あんたは『自害』の意味をはき違えていると思うぞ」

 イナは口から溢れた大量の血液を凍結させ、巨大な剣を作って見せる。

「なに!?」

「『他害』されんのはあんただ」

 剣が大上段から振り下ろされる。

 ミズは後ろに飛びのいてこれを躱した。だが。切っ先がわずかに頬をかすめ一筋の赤い線が走る。

「貴様……! 抵抗しようというのか。この恩人に」

「この期に及んで恩人もねえもんだ。俺の中に少しだけ残ってたキレイな心を返せよな」

 ミズはイナの言い分など一切合切聞かず、神に祈りをささげた。

「全能なるステファーンよ。このものに死に至るだけの苦痛を――」

 するとミズの全身が毒々しい青色に輝き――

「セイクリッドデストロオオオオオオオオオオオオオイ!」

 十字に組まれた両腕から群青色の光線が噴射される。

 イナは爆発とともに吹き飛び、壁をブチ破って大聖堂の庭に出た。

「よし。死んではいないな。では拷問にかけて自害させてくれよう」

 ミズはカーテンの向こうから中にたっぷりトゲが生えたまるっこい両開きの箱、いわゆるアイアンメイデンを持ち出し部屋の外に出た。――その瞬間。

「だああああああああああああああああああああああ!!!!」

 ガチーン! という快音。

 ――乱入したヘルが突進したいきおいそのままに頭突きをブチかました。

「なんだ! 貴様は!」

 追撃。アタマを抑えさらに二発三発と頭突きを打ちこんでいく――が。

「そりゃああああ!」

 ミズは得意の格闘術でヘルを投げ飛ばした。

「しまっ――!」

「……イナの仲間か? 貴様も自害させてやる」

 ヘルを持ち上げてアイアンメイデンの中に叩きこむと、そのままフタを閉めようとする。

「た、助け――」

「やめろおおお!」

 ミズが振り返ると、全身火傷だらけのイナが地面にヒザをついて荒い息を吐いていた。

「そ、その娘だけは助けてやってくれ。そいつは俺の――恋人なんだ」

 そういってナイフを取りだす。

「あんたの言う通り……自害するから……」

「えっ!? イナ!?」

 ミズはニヤりと笑った。

「ようやく言うことを聞く気になったか」

「ああ」

「では早く実行するのだ」

「ウソ! ウソだよね!」

 イナは刃を横にして脇腹を突き刺すと、腹を横断するようにしてスライドさせた。

「イナーーーーーーーーー!!」

 さらに。刃を縦にして胸当たりにもう一刺し。今度は真下に滑らせる。

 十字に切れ目の入ったイナの腹から『中身』の細長く赤黒いものが飛び出した。

「ハハハハハハ! 死んだ死んだ死んだああああ! 自害して死んだあああ!」

 ヘルは声もでない。目から涙が勝手に溢れる。

 ――一方。イナは。

 蒼白の顔面になぜか笑顔を浮かべると、ペラペラと喋りはじめた。

「しかしよぉミズさん。人間の内臓って凶悪な見た目してるよな。昔闘ったドラゴンにもこんなのがいた気がするよ」

「……貴様。なにが言いたい?」

「言いたいことはな――」

 イナの膝元の赤黒い物体がひとりでにうぞうぞと動き始める。

「こんな凶悪なもんを目の前に油断してるんじゃねえぞ! ナマグサ坊主が!」

「なっ――!」

「己血術・三大酷技 <<臓龍>>!」

 おぞましい臭いを放つ醜悪な龍が信じがたい速さでミズに迫る。

 そいつは一瞬の内にミズの首に巻きついた。

 首の骨にひびが入るピキキという快音。

「自害の王道といえばやはり首つりだな」

 やがてミズの首が本来曲がらない方向に曲がった。彼はなにか言いたげにイナを見たが、もう声を出すことはできない。そのまま地面に倒れ伏した。

「ふう。まあハラん中に汚らしいモノを秘めていたのはお互いさまだったな」

 イナは安堵を顔に浮かべ、口の中に溜まった血を吐きだす。

「死んだ? いや。そんなタマじゃねえか」

 体から飛びだした内臓を引っぱって自分の方に手繰り寄せようとする。

「しかし。ついにやったなあ。魔術書の最期の頁に乗っていた『三大酷技』まで使えるようになっちまった。三つも親父サンの欠片がそろったおかげだな。これで四つになったらどうなっちまうんだ」

 でもぬるぬるすべってうまくいかない。そこへ。

「イナアアアアアアアァァァァァ!」

 アイアンメイデンから飛びだしたヘルが血糊で足を滑らせながらイナに駆け寄る。

「おっ。今回はさすがにすぐやってくれるんだな」

「ぐぐぐぐぐ……おおおおおお……!」

「つっ――! 痛ってえよ。もっとゆっくりやれ」

「なに言ってんの! ゆっくりやってたら死ぬよ!」

 ヘルの両手はキイイイイイイ! という音と共に眩い光を放つ。

 ――やがてその光が晴れたころ。

「ぐううううう……ゲッホ! 意識飛ぶかと思った……!」

 イナの内臓は元の鞘に収まっていた。

「この――」

 ヘルはヒザをつくイナの頬をフルスイングで張りつけた。

「ぞうもつ! ぞうもつ! ぞうもつーーーーーーーーーー!」

「いって! なにやってんだこの野郎!」

「なにやってんだはこっちのセリフだあ!」

 ヘルの目はこれでもかというくらい真っ赤に充血していた。

「あと一秒でも遅ければ死んでたよ!」

 鼻も真っ赤で口元も歪んで。なんともブサイクな泣き顔だなあとイナは思った。

「でもよ。ああしなければおまえは死んでいたぞ」

「わたしが死んでもイナが死んだらわたしも死んでイナが生き返る!」

「落ちつけ。なにを言っているかわかりゃせん」

「めちゃくちゃをやるんじゃないって言ってるの!」

 イナは鼻からフンと息を吹いて苦笑。

「めちゃくちゃじゃない己血術があるもんか。かつて俺のハラにナイフをブッ刺したヤツのセリフとは思えんな」

「そうだけど……でも……」

 限度ってもんが……それにあのときとはいろいろ違うってゆうか……ちょっと後悔してるってゆうか。などと口の中でモゴモゴと言っている。

「まあいい。ともかくズラかろうぜ。派手にやりすぎた。人が来ちまう」

「あっ待って。その……ちょっと確認したいんだけど……」

 敷地外にでようとするイナの手をヘルが掴んだ。

「ヘルとイナってさ。コイビトってヤツだったの……?」

 手を握ったまま指をもじもじと動かす。

「……違う。あれはヤツを騙そうとして言っただけだ」

「……だよね。だろうと思った」

 ヘルはちょっと乱暴に手を離す。

「早く行こうぜ」

「うん。そうする」

 ふたりは早足で敷地から出た。

「ねえ。参考までに聞いておきたいんだけど」

「なんだ」

「概念がよくわかってないんだけど。人間のコイビトってなにをするの?」

「それはだな……」

 イナはヘルの耳もとであることないことを囁いた。

「……なにそれキモい。楽しいの? そんなことして」

「それだけが生き甲斐というヤツもたくさんいる。金を払ってでもヤリたいってやつも」

「そうなの? ……ちょっと試してみたいな。協力してくれる?」

「やめておけ」

「えーなんでー?」

「なんででもだ」

 イナは彼らしからぬすばしっこい動きで駆けだした。

「あー! 待ってよーーー!」

 ヘルはその背中を追う。彼が着ている黒いマントはよく見れば真っ赤な血糊がべっとりとはりついてパリパリに乾き、ちっともはためいてはいない。そのことにヘルは気づいた。

「どうした? 追い駆けられてもうざいが立ち止まるのは困る」

「ご、ごめん!」


◆◆◆


 その日。三人は大聖堂から数キロ南下したところにある森の中で眠りについた。

 例によって三人別々のミニテントでだ。

 ヘルは「せっかく三人で旅しているのにバラバラで寝るなんて寂しい」と考えていた。

 しかし。ときにそのことに感謝することもある。

「――うっ!」

 父が封印されたことにより、どうもカラダの一部の器官に魔力供給の不足が発生することがあるらしい。

 今日はどうやら内臓。内部にもれた紫色の血液を口から溢れさせる。

 テントが汚れないように両手で口を押さえ、それからゆっくりと呼吸を整えて自らに<<死に至る治癒>>を施した。

 痛みに足をバタつかせながら、ヘルはイナの内臓のことを思い出していた。

 彼がああまでして自分を守ってくれたことを思い出すとなんとなく心の慰めになったからだ。別に自分を想っての行動ではないことはわかっていても。

(でも。どうして……?)

 彼があんなになってまで闘う理由はなんだろう。

 生への執着? いやそんなタイプとは思えない。それにあんな目に合うくらいなら死んだほうがマシと思うのが普通ではないか。それだけが理由とは考えづらい。

(もしかして。わたしのため? ――いやそんなわけはない)

 答えは出ない。

 考えているうちに痛みは引いてきた。

 ヘルは手にべったりとついた血を洗い流すため、テントの外に出た。


◆◆◆


(とうとう見つけたわよおおおおおお!)

 女性でもちょっと着るのを躊躇するような『ど』ピンクの服を着た男が森の中。こそこそと大木に身を隠している。

(どうします? やりますかい?)

 彼は子分を十人ばかり引きつれていた。

(バカねえ。こんなところで闘ったらまたヤツの炎でヤラれちゃうわよ!)

 チッチッと指を降る。

(いい? 作戦はね。やつらの進行方向には例のバカが作ったバカの遊び場があるでしょう? そこで女の方が一人になったところをさらって人質にするのよ)

(なるほど……! それはいいかもしれませんね!)

(このハンサム顔に消えない火傷跡をつけた罪を償うには――死あるのみ!)

 子分たちは総じて『はんさむ……?』と疑問を抱いた。

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