第7話 純潔の拳闘士 カイリ・ファイブスター 前編

 ロンスター地方のダラッツから目的地のヌクラヌツボ地方トルイスへと続く道は見渡す限りに広がった草原であった。蒼い香りのする牧歌的な道をカバが引っ張る帆車がゆっくりとゆく光景にはなんともいえぬ面白みがある。

「でね! 私の一番上の姉がとんでもない臓物でね!」

「おまえの下着を全部勝手に売ったんだろう? もう何回も聞いたよ。飽き飽きだ」

 イナとヘルは狭い帆車の中、ぴったりと身を寄せ合って会話を交していた。

「もう。そんな文句言うならイナがなんか面白い話してよ」

「俺に会話の引き出しなどない」

 JJは大きなあくびをしながらカバにまたがって手綱を握っている。

「えばっていうなし。ちゃんとひねり出せばネタはいろいろありそうじゃない」

「例えば」

「そうだ!」

 ヘルが「名案!」とばかりに掌をパチンと合わせた。

「最初に闘うさ、えーっと『カイリ』だっけ? その人のこと教えてよ。興味もあるし役にも立ちそう」

「そうだな」

 イナは目を閉じて彼女の姿を瞼の裏に浮かべた。

「とにかくとんでもなく強い女だった。単純な攻撃力、身体能力なら勇者よりも上だな。襲いかかってきたダークグリズリー十匹を素手で瞬殺したこともある」

「うえ。ムキムキバキムキ筋肉ダルマって感じかあ」

 イナの布袋からJJが描いた似顔絵を取りだす。

「この似顔絵、結構似てるんじゃないの?」

「いや全然似てないぞ」

「そーなの?」

「ああ。実物はめちゃくちゃカワイかったよ。清楚でピュアな感じでな」

「えー?」

 ヘルは不服そうに足を組み直した。


◆◆◆


 世界最強とも言われるマクマール帝国の軍隊『ロウ』に正式入隊するためにはまずは育成組織である『ロウ・ネックス』にて訓練を受けなくてはならない。現役隊員により課せられる訓練はまさに地獄。ロウ・ネックスの寮舎があったフルセイルの地は『地獄の一丁目』などと恐れられていた。

「起きて下さーい!」

 朝四時。

 男も女もスカウト組も入隊試験組も関係なく五十人ばかりブチこまれた雑魚寝部屋に鬼教官の声が響く。透き通った美しくも可愛らしい声の主はカイリ・ファイブスター。このとき弱冠二十歳であった。

「師匠―まだ眠いよー」

 朝が苦手な『ライバル』が目を擦りながら苦言を呈する。本来、教官にこんな口を聞けば命はないのだが、許されてしまうのはライバルの憎めないキャラクターと、なによりその才能のおかげであろう。

「いいからー早く行きますよー!」

「はぁい」

 ライバルはなんだかんだそれなりに楽しそうに準備を始める――が。

「――――フゥ」

 となりからは重苦しい息遣いが聞こえた。

「なんだよイナ。でっかい溜息なんかついて」

「……そんなもんついてねーし」

「ほんとにー? いいけどさ」

 イナは口の中でポツリと漏らした。

(また一日が始まる。俺のすべてを否定する一日が)


 朝のトレーニングメニューはランニング。

 訓練生の仲間とのレクリエーションも兼ねた軽い肩慣らし、距離も寮からバダネ渓谷までのたったの七アンドレイ。と定義づけられたトレーニングである。

「はー。かったるい。まだ体が起きてねえや」

「そりゃそうだ。昨日だって遅くまで戦闘理論の勉強してたんだから」

「たまには休みたいねえ。今日は天気もいいし」

「ピクニックとか行きたいな」

「ぷっ。ピクニックだって。子供みたい」

「せっかく都会に出てきたんだからやっぱショッピングでしょ」

「酒場にも行ってみたいな」

「えー行ったことないのー?」

「おまえはあるのか?」

「ないけど」

「セックスしてみてえ……」

(こいつら……なにをペラペラしゃべっていやがる……)

 まだようやく一アンドレイを越えたという時点で既にイナの息は上がりきっていた。

 無論、おしゃべりをしている余裕などない。

 とにかくがむしゃらにムリヤリ足を前に出してついてゆく。

 ちなみに。一アンドレイは現在の単位で言うとおよそ十キロメートルである。

(なぜ……俺はこんなことすらできないんだ……)


 ランニングが終わるといよいよ戦闘訓練となる。

 なんでも今日からいよいよ本格的な訓練に入るのだとか。

(笑っちまうぜ。今までは本格的じゃなかったっていうのかよ)

「いいですか? 今日から教えることは――」

 岩と土以外なにもない荒野にてカイリの講義が始まる。

「すべての攻撃の基本となります。格闘術においてはまずはこれを習得することが大前提であると考えて下さい」

 そういうと手近にあった人間のアタマくらいの大きさの岩を足もとに置いた。そして。

「――ハッ!」

(なに!?)

 いとも簡単にそいつを粉々に砕く。ほとんど力も入れていないように見えた。

「今なにをしたかわかりましたか? 分かる人は手を挙げて」

(わかるか!)

 するとイナのとなりに座っていたライバルの手が上がる。

「はい。答えてみて」

「たぶん……連撃」

 カイリはニッコリと微笑んだ。

「はい。正解ですね」

 また別の岩を持ってきて、さらにゆっくりとした手つきでそいつを破壊して見せた。

「物体にはすべて抵抗力というものがあります。従ってこれを破壊するにはまず、一撃を加えて抵抗力をゼロにして、抵抗力が元に戻らない内にさらに追撃を加えると非常に効率的です」

(――――???)

「さらにこの際。ただの連撃ではなく三連撃――すなわち一撃目で抵抗力をゼロにしてさらにもう一撃を加えて抵抗力をマイナスまでもっていき、その上でさらに攻撃を加えることで――」

 三つ目の岩も他愛なく粉々になった。

「ほとんど力を入れなくても破壊することができます。これが『トライアドブロー』」

 イナは他の研修生たちの表情を見まわす。みな真剣な表情でそれを聞いていた。うーむ納得というように腕を組んで頷いているものも何人かいる。

(こいつら。この意味不明な理屈が理解できるのか?)

「なるほど! わかった!」

 そう言って立ちあがったのはとなりに座っていたライバルだった。

 ニコニコとご機嫌な様子で巨大な岩をドスンと足もとに置く。そして。

「どりゃあああああああああああああ!」

 ――掛け声だけは勇ましかった。が。

「いってええええ!」

 拳は簡単に弾き返された。岩にはほんのわずかにひびが入ったのみ。

「まあ。理論は簡単ですけど、すぐにできるものではありませんね」

 研修生たちからどっと笑い声が上がった。

 イナもとりあえず胸を撫で下ろす。

「師匠―どうすればできるのー?」

「こればっかりは教えられるものではありません。自分で見つけないと。なので」

 カイリは微笑むとパチンと両手を合わせた。

「これはみなさんへの宿題にします。一か月後、試験を行いますので自分なりに工夫して答えを出してみてください」

(よし。他のことはできなくとも、これさえ身に着ければ――)


 それからのイナにはまさに寝るヒマもなかった。

 訓練が終わる夜の十時から翌日の訓練が始まる朝の四時までの六時間。

「だああああああああ!!!!」

 休むことなく岩との格闘を行っていた。

「クソがああああ! なぜできん!」

 だが。初日に適当に拾ってきた、人間の頭蓋骨くらいの大きさの岩には未だにヒビも入ることはなかった。

(考えろ! なにか! なにかコツがあるはずなんだ!)

 今日散々カイリを質問攻めにして教えてもらったことを反芻する。

(三発殴るのではない。一発目と二発目はあくまで物体の抵抗力を消すために触るだけ)

 血と砂だらけになった拳をもう一度振り下ろそうとすると――

「力みすぎ」

 ピタっと手が止まる。寝間着姿の『ライバル』が背後からひょっこりと現れたからだ。

 時刻は深夜の二時。月明かりもあまりない陰気な夜だった。

「なんだおまえそんな格好で」

「うるさいんだもんガンガンガンガン。叫び声もすごいしさ」

 宿舎にまで自分のやけっぱちの声が響いていたと知り、少々顔を赤らめる。

「おまえはやんなくていいのかよ」

「ボクもやったよ。今日は夜中の十二時まで頑張った」

「できるようになったのか?」

「ちょっとはね」

「なに!? じゃあ教えてくれ! どうすれば出来る!?」

「そ、そう言われても……教えられるなら教えてあげたいけど……」

 イナはガクっと首をもたげる。

「ねえ試験まであと一ヶ月もあるんだよ。こんな時間までやってたらもつわけないぞ」

「うるせえ!」

 ヒジを掴んで制止しようとする手を乱暴に振り払う。

「おまえと同じ量やってたって追いつけるわけねえんだから! ホッといてくれ!」

 ライバルは怒り、というよりは悲しみの色の濃い表情で叫んだ。

「心配して言ってやってるのに! バカバカバカバカ! イナなんか糞壺に落ちて穴という穴がクソまみれになって死んじまえ!」

 そして寮とは反対方向に走り去っていく。

「……なんつー汚ねえ言葉だ」

 イナは訓練を再開する。

「あんなヤツが『勇者』なんて信じられねえぜ」


 それからおよそ三週間。イナは一日も休まずに夜通しの訓練を続けた。睡眠時間は平均で一時間あるかないか。訓練生の中でのキャラは夜中に一人で雄たけびをあげている〇〇〇〇ということですっかり定着してしまった。

「あいつまた今夜もやるつもりなのかなあ?」

「アレ怖いからマジでやめて欲しいんだよね」

「天啓「なし」の入隊試験組、しかもミズさんのお情けで入隊させてもらったクセに」

「ねーあいつと幼馴染なんでしょー? なんとかしてよ」

「あー……うん……」

 ライバルはあれ以来、たまにこっそり様子を見にきたりはしていたようだが、イナを咎めたりジャマをすることはなく、普段もあまり会話をすることはなくなってしまっていた。

 イナはそんなことは意に介さずただひたすらに訓練に打ち込む。――が。

「うぐっ――!」

「グロウリアくん!」

「イナ!」

 いくら若い頃は多少の無理は効く、と言っても限界がある。

 イナは朝のランニング中に目から血を噴きながら昏倒した。


 ――イナは十数時間ほども昏々と眠り、そして目を覚ました。

 丸太作りの小屋の中、ガラスの張られていない窓からは星空が見える。

「――! まずい……!」

 ものすごい勢いで上体を起こすと。

「アイタ!」

 ごちん。という音と共に頭部に痛み。そして可愛らしい叫び声が聞こえた。

「つ……。えっ? カイリ先生……?」

「いつつつ……。でも良かった。目を覚ましたんですね。グロウリアくん」

 カイリは少々赤くなった額を抑えながら、優しく微笑んだ。

「先生。ごめんなさい。俺……倒れちまって」

「いいのよ」

 イナの頭に優しく手を置く。

「むしろ。今まで気づいてあげられなくてごめんね。あんまり無理するのはダメですよ」

「無理っていうか……」

「毎日夜中までトライアドブローの練習をしてるんだって?」

「うん……まあ……」

 カイリはイナの右手の拳を両手でそっとつつみこんだ。

「だめですよ? こんなにボロボロになるまでやったら」

 優しい声と共にイナの拳が突然乳白色に輝き始めた。

「せ、先生?」

「大丈夫。これは癒しの魔法だから」

 なるほど。確かに右拳の慢性化した痛みがすーっと引いていく。

 カイリは手を離した。

「でもね。イナくん。その心は大事です。ときにはがむしゃらに努力することなしに人は強くなれません。それに。ちゃんと考えて努力をしているのもいいですね。あんまり聞かれると私、お話は苦手だから困っちゃいますけど」

「先生……」

「そして。そうやって努力をすることができる人は必ず報われる。今まで見てきた人は全員そうでした」

「……『なし』でもか?」

「あんなものはただのおまじないみたいなものです! それより大切なのは努力! 大丈夫。あなたは強くなれるわ。私が保証します」

 カイリはボサボサの髪の毛を優しく撫でた。

 イナの頬がリンゴ色に染まる。

「だから、今夜はもうゆっくり休んでください。ほらこれでも食べて」

 そういうとカイリは小さく可愛らしい布袋をイナの掌に置いた。

「開けて見て」

 中に入っていたのは当時流行していた小麦粉クッキーだった。現今のもののように派手なトッピングなどはないが、こんがりときれいなきつね色に焼けて食欲をそそる。

「先生が作ったの?」

「うん……あんまり似合わないかもしれないけど。お菓子作りが趣味なんです」

「そ、そんなことない。似合うよ」

「ふふ。美味しいといいな。おやすみなさい」

 カイリはゆっくりとした足取りで部屋を後にする。

 クッキーは少し冷めていたけれど、優しく温かい甘味がイナの舌を包んだ。


◆◆◆


「おえええええええええ! げろおおおおおおおおおおおお!」

 話を聞いていたヘルは突然、帆車の窓から顔を出して嗚咽の声を漏らした。

「ど、どうした?」

 本当に吐瀉物をまき散らしたのかどうかはイナからは確認できない。

「オヌンデュッフ! ごめん。ヘルさぁそういうラブ的なハッピー臓物な話ってゲロ吐いちゃうんだよねー」

「比喩なのか本当に吐くのか。それが重要だ」

「でもいいの。イナのことやカイリのこともっと知りたい。それにライバルくんも気になるな。早く続きを話して。たとえ吐こうとも後悔はない」

「俺が後悔するわ!」

 身を寄せてくるヘルの顔面を掌で遠ざける。

「まあでも安心しろ。この話、最後はきっちりグロテスクなバッドエンドで終るから」


◆◆◆


 試験はいつもの荒野にて行われた。

 最初は五十人以上もいた訓練生はこのときすでに十数人にまで減少。

 イナからすれば「あれだけできるのに何故辞めるのか」と理解し難いことではあったが、ともかくライバルが減るのはよいことである。

「はい。みんなクジは引きましたね? 一番の人からお願いします」

(げっ……。なんだよ。真ん中ぐらいがよかったなぁ)

 イナはすっくと立ちあがるとカイリの前に立つ。

 彼女は期待と親愛のこもった目で彼を見た。

「ではお願いします」

 試験内容は足もとに置かれた岩を拳で砕くのみ。

 イナは大きく息を吸い込み――

「だああああああああああ!」

 真下に振り下ろされた拳は岩に大きなひびを入れた。

(――よし!)

 拳がジンジンと痛むのはいまさらなこと。ともかく会心の一撃を放つことができた。

 イナはカイリに向かって控えめに微笑みかける――が。

(――――??)

 そのときのカイリのなんとも言えない表情は忘れ得ない。

 なにがそうさせるのかはわからないが、眉をハの字にして瞳を俯かせる様子からは深い悲しみが感じられる。

 彼女はイナと全く目を合わせてはくれなかった。

「では……次の方、お願いします」

 モヤモヤとした心が晴れぬまま次の番が始まってしまう。

「はーい。いきます」

 二番のクジを引いたのはライバルだった。

 イナと同じように大きく息を吸って無言で拳を振り下ろす。

(――!! なにいいいいいい!?)

 拳は巨大な岩を完全に粉砕すると、大地にも稲妻のような亀裂を走らせた。

 他の訓練生たちは驚愕の声を上げる。

「おおおおおお!」「やっぱすげえな!」「モノがちげえ!」

 皆惜しみなく拍手を送った。――イナ以外は。

「なかなか良かったですね。では次の方」

 研修生五十人の中から生き残った精鋭たちはライバルほどではないにせよ、皆強烈な一撃で岩を砕き地面をもカチ割って見せた。

「はーい。では試験は終了です。ちょっと休憩に入りましょう」

 試験の結果について特に合格だとか不合格だとか通知されることはなかった。

 この日イナは久方ぶりにみんなと一緒に床についた。

 しかし。一睡もすることはできない。

 ライバルは二秒に一回くらいのペースでイナのほうをチラチラと見ていたが、とうとうなにも話しかけてくることはなかった。


 翌朝、目を覚ますと。

「あれ??」

 雑魚寝部屋には誰もいなかった。壁掛け時計を見ると時刻は午前六時。

(まずい! 寝過ごしてしまった)

 しかしなぜそんなことが起こったのか。いつもならカイリがムリヤリにでも起こしてランニングに連れていくはずだが……?

 ともかく。イナは慌てて支度を整え訓練所に向かった。


 訓練所に到着すると、既に訓練生とカイリたちはトレーニングを開始していた。

 どうやら昨日までとは違い、模擬戦形式の訓練、現在の格闘技用語で言うスパーリングを行っているようだ。

「ご、ごめんなさい! 遅れました!」

 イナはぜえぜえと息を切らしながら深くアタマを下げて謝罪した。

 するとカイリは。なんとも言えぬ後ろめたいような悲しいような表情を見せる。

「いいんですよ」

 口からは優し気な声色が漏れた。

「メニューを組んでありますからこれに従って訓練を行ってください」

 折りたたんだ羊皮紙をイナに手渡す。

「わ、分かりました!」

 羊皮紙を開くと最初のメニューは長距離のランニングである旨が書かれていた。

「行ってきます!」

 イナは慌てて訓練所に背を向けた。

 その背中に目をやるものはいない。

「ねえ……先生」

「なんですか?」

「いや……なんでもないです」

 たった一人を覗いては。

 ライバルは訓練の手を止め、全く見えなくなるまでその背中を追っていた。


 それ以来。イナは他の訓練生とは別行動で、来る日も来る日も同じメニューのトレーニングを行っていた。

 その内容はただひたすらに長距離のランニングと何百本何千本というパンチの素振りを日が暮れるまで繰り返すというもの。訓練生にとって教官の命令は絶対である。軽口を叩く事は許容されるとしても、逆らうことは決して許されない。

 イナは焦燥感、疎外感に耐え訓練をこなした。

 ――だが。二週間ほどが経ったころ。

「先生――!」

 訓練終了後、イナはカイリに対してついにこんな言葉を投げかけた。

「なぜ! なにも教えてくれないんですか!」

 純粋だった彼の目からボロボロと涙が溢れる。

 カイリは目を俯けながら小さな声で言葉を返した。

「次の段階の訓練はトライアドブローを習得していることが前提だから……」

「じゃあ! それを教えてくれっ! 自分で習得しなきゃいけないものなのはわかってるけどなにかコツを――」

 するとカイリは、

「ご、ごめんなさい!」

 深々と頭を下げつつ、こんな風に述べた。

「今、戦争が大変な状況なのは知ってますよね……? われわれは即戦力が必要なんです! だから――」

 おまえにかまっている暇はない。という言葉は口にせずともしっかりと伝わった。

 イナはおよそ十歳の子供がするものとは思えない、絶望のこもった含み笑いを発した。

「はは。それだけ才能がないってことか」

「才能というか――」

 カイリはイナが口にした『才能』という言葉を否定した。

「あのね。いくらなんでもあんなにできないのはおかしいんです」

「――え?」

「つまりその……言いづらいんですけど……努力したフリで強くなれる人はいません」

「なんだって……?」

「イナくん。残念です」

 カイリの視線がつららのようにイナの背中を刺す。指先すら動かすことができず立ちつくしていると。やがてカイリは教え子に背を向けた。


◆◆◆


「――そいつ臓物じゃん!!」

 ヘルは手に持っていたカイリの似顔絵をビリビリに破り捨てた。

「急にどうした」

「ヘルそういうこと言うヤツ一番嫌い! 努力すれば報われるなんて才能があって結果として報われた人間しか言わない言葉だよね! 一度才能ゼロになってみればいいんだよ! 努力なんてする気もなくなるから!」

「ずいぶん実感がこもっているじゃないか」

 ヘルはビリビリにした紙を口に突っ込みながら珍しく低いトーンで呟く。

「わたしも散々魔法の訓練させられたからね。おまえは魔王のムスメなんだからできるはずだ。できないのは努力が足りないからなんて言われてさぁ!」

「食うな紙を」

「できないもんはできないっつーの! 結局<<死に至る治癒>>しか習得できなくて。パパには散々に罵倒されるし、姉にはバカにされるし、あげくに執事にも舐められて」

「同じ境遇だったんだな。生物の種類は違えど」

「そうだね。だからなんか好きなのかなあ?」

 イナの太腿に頭を乗せて甘える。だが。側頭部にヒザ蹴りを喰らわされてしまう。

「でもそんなに嫌いだと複雑だな」

「なにが?」

「だってそいつらを復活させるんだろう?」

 ヘルはやっぱりマズかったのか紙片を口から吐きだしながら呟く。

「まあでも。見返してやれるからね。ヤツらもヘルに感謝するでしょ」

「見返す……か……」

 イナの脳裏に浮かんだのはカイリ・ファイブスター――ではなく。

「まあとにかく! そんなにイヤなヤツなら心置きなくぶっ倒せるね! なんだったら倒したあとりょうじょくしよう!」

「おまえ。意味わからないで言ってるだろ」

 ――随分長い話をしたが、まだまだ目的地は遠いらしい。

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