第6話 情報屋のJJ

 現在でも全く同じだが、酒場街の朝というのはとにかく異臭が漂っている。

 具体的には酒とゲロの酸っぱい臭いがものすごい。

「うーん。スウィートな香り。臓物だなァ」

「臓物の使い方合ってんのか?」

 ヘルとイナはあのあと特になにをするでもなく、普通に一緒のベッドで眠り目覚めた。

 そしてあまり人通りもない朝のダラッツを散歩している。

「それで? どうするつもりなんだ?」イナがヘルに問う。

「なにが?」

「なにがって……おまえの父親を所持してるやつらの居場所はわかるのか?」

 ヘルはイナの方を振り返り、ドヤっと腰に手を当てた。

「大丈夫。ちゃんとあてがあります」

「どんな?」

「協力者がいるの」

「協力者ァ?」

「たぶんもうこっち帰ってきてこの辺りで油売ってるはず!」

 ヘルは子どもみたいに両手を広げて駆け出した。イナも仕方ないのでそれを追いかける。

 ――果たして。油を売ってるヤツはいた。

 その片眼メガネにお下げ髪、カッターシャツの女は大して人通りもない中央通にて一人で大騒ぎしていた。

「♪オラオラァ! 情報屋! じょうほうやだよーーー! あの有名人の下半身の噂から王宮の重要機密、となりの未亡人のオパンテーのカラーまで! このマクマール帝国に存在するありとあらゆる情報を売りさばく! その名も情報屋の『JJ』! 本名ジェニファー・ジョーンズ! 貴様らが欲しい情報はなんだ!? 人探し!? 浮気調査!? となりの未亡人のオパンテーのカラー!? すべてお調べ致します! それが情報屋の『JJ』! 料金はボッタくるが腕は確かだ! それがJJスタイルズ!」

 売り文句がめっちゃくちゃに書きなぐられた情報過多な木製看板をブン回しながら、クセのあるダミ声で変な節をつけて騒ぎ散らす。

 ヘルはそのセールストークをニコニコしながら聞いた後、おっすーと元気に声をかけた。

「おお。ヘルちゃんじゃねーですか。今日もカワイイね」

「なんだよ。協力者ってJJのことかよ」

 イナはそっぽを向いて嘆息した。

「えっ? イナも知り合いなの?」

「この街長いやつはだいたいそうだぜ」

「おんやあ?」

 JJはイナとヘルを交互に見た。

「ほえー! ヘルちゃんとイナの旦那ってそういう関係だったんですか!?」

「あのなあ。はやとちりもたいがいにしろよ」

「だってこんな時間に二人っきりで歩いてるってことはそうじゃねえですか!」

「そういう関係ってなに?」ヘルが無垢な瞳で尋ねる。

「一緒に寝る関係ってことですよ!」

「うん。一緒に寝たよー」

「ひょええええええ! やっぱり! いよっ! このロリータコンプレックス!」

「ろり……? よくわからないけどイナはたぶんそれだと思うよ」

「ラチがあかねえ……」

 ――イナはいったんしゃべりたいだけしゃべらせたのち、事の経緯を説明した。


「へえええ。なんだかエライことになってるじゃねーですか……」

 JJは腕を組んで天を仰いだ。

「ヘルちゃんのことも驚きだけど、ボンクラ戦士代表のイナ・グロウリアがそんな大それたことをやらかそうとしてるのも信じられねーです」

「やっかましいわ」

「まあとにかく!」

 JJは手にもっていた看板をぽーいと投げ捨てると、無駄にかっこいい拳法家のようなポーズをとった。

「親友の頼みとあっちゃ断れまい! ブレイブクラブメンバーの居場所! 突き止めて見せましょう!」

「親友? へー。ジェジェちゃんとイナってそんなに仲良しなんだ」

「いや。一回も友達だと思ったことはない」

「ぎゃふん!」

 おどけた声を出しながら今で言う変顔をして見せる。ヘルはそいつを見てキャハハと笑った。

「ってゆうかさあおまえ」イナがJJを睨み付ける。「俺のこと盗賊のカクヨク・オルガに売っただろ」

「……えーっと。それはその」

 自分の頭を小突きながら舌を出した。

「いやあ。旦那がオルガさんの手配書剥してるのが見えちまったもんで」

「親友が聞いてあきれるぜ」

「まあまあ。ともかく。調査に行ってきます! 夜には戻るかと!」

 JJの背中はあっという間に視界から消えた。


 その日の深夜。

 二人が例の激安激マズ酒場『タイガークロ―』で片やコーン酒、片や甘いモノをチビチビやっていると、お下げ髪メガネシャツが入店してきた。知り合いのゴロツキどもにいちいち挨拶して回るためなかなかイナたちのところに辿りつかない。

「――お待たせいたしました!」

「よお人気者」

「ジェジェちゃんかわいいからね」

「なに言ってるの。ヘルちゃんの方がずっとかわいいじゃねーですか」

「ありがと! でもこの顔って魔族的にはバキブス臓物顔なんだよねー」

「えーそうなのー?」

 仲良しな二人に対してイナが冷淡につっこむ。

「どうでもいいわい。情報は集まったのかよ情報屋」

「へへへ。四人全員の居場所をつきとめてきましたぜ!」

 JJは勝手に椅子を持って来てイナとヘルの間に座り、オレンジジュースを注文した。

「ほれ。見て下さい。住んでる街まで特定しましたぜ! えーと。カイリ・ファイブスターが住んでるのが――」

 テーブルに地図を広げるJJをヘルが怪訝な目で見る。

「なにこの絵?」

「えっ。マクマール帝国の地図じゃねーですか」

「チズってなんだっけ?」

「えーっと……なんて言ったらいいんでしょ……」

 腕を組んで考え込むJJに代わりイナが質問に答えた。

「国とか街とかがどういう作りになっているかを上から見た絵で現したもの……かな?」

「えーすごーい。そんな臓物なものがあるんだー」

「魔族にはないのか?」

「ないよー。だってそんなめんどくさいことやる人いないもんー」

「魔族ってみんなおまえみたいな適当な感じなの?」

「いやヘルは相当几帳面なほうだよ」

「マジで」

「まあでもニンゲンに近い見た目の子らはわりとマジメな子もいるかな。こっちでいうドウブツみたいな見た目のヤツらのテキトーさときたら」

「ドラゴンとかブラックデビルみたいな連中も種族としてはおまえと一緒なのか?」

「おなじー。見た目が違うだけ」

「個性の幅が広いんだな。じゃあ奴らも言葉しゃべるの?」

「たぶんしゃべろうと思えばしゃべれるはずだけど、勉強する気が全くないから。あと本のページが臓物めくりにくいっていうのもあるだろうね」

「臓物っていうのは魔族共通の口癖なのか?」

「それはヘルだけ」

 JJは二人が会話する様子を少々驚きの混じった目で見つめていた。

「どうした?」

「いや。イナの旦那がこんなに喋ってるのは初めて見るなと思って」

 イナはコーン酒を口に運びながら苦笑。

「見るじゃなくて聞くだろ」

「イナって普段はそんなにしゃべらないの?」ヘルがJJに尋ねる。

「ええ。酒場とかでどんな美人と相席してもまったく連れねえことで有名でさ」

「へー」

「まあヘルちゃんは馬鹿カワだからなー」

 そういってヘルを抱きしめる。ヘルもオヌシこそ! などと抱きしめ返す。

「……そのノリはもういいよ。早く続きを説明しろ」

 JJはおっとおっとなどといいつつ地図を広げなおした。

「えーカイリ・ファイブスターがいるのがヌクラヌツボのトルイス、ベリアイノ・ハグレーンがいるのがミステル・カカオのフィフ・マジク・シティ、ミズ司祭がいるのがビンスアップル北部のフォンエーリ、勇者ヒロハがいるのがマディンソンの王宮だから――」

「えっ! もしかして『場所』に名前があるの!? 人間ってすごいねぇ」

「ダラッツからだと、今言った順番に行くのが無難かと」

「だな」

「あっ。でもさでもさ」

 ヘルが手を挙げつつJJに問う。

「その四人の顔がわからないんだよね。場所がわかっても探せないってゆうか」

 JJはドンと自分の胸を叩いた。

「その点も大丈夫! 似顔絵がありますから」

 四枚の羊皮紙を取りだしてヘルに渡す。

「いつのまにそんなの描いたんだ」

「こないだの式典でちょろっとスケッチしたんですよ。なにせ滅多にツラァ見れる機会なんかねーですから」

 絵を見るなりヘルはケラケラと笑い始める。

「うわ! ぶっさいく! 顔面臓物! 魔族的にもそうだし、人間的にもこれはド圏外でしょー」

「……見せてみろ」

 ヘルから紙を受け取るなりイナは口に含んだコーン酒を噴き出した。

「ああ! わたしの傑作が酒びたしに……」

「どこが傑作だ! 路地裏の雑種犬でももうちょっとうまく書くわ」

「そうなの? ヘルよくわかんない」

「こんな顔した人間見たことあんのかよ」

「そういえばないね。じゃあ参考にならないかー」

「す、すいません。どうしたもんか……」

「別に問題ねえよ。――顔なら俺が知っている」

 イナの言葉にJJとヘルは顔を見合わせる。

「ええ? 旦那って有名人の顔とか覚えてるタイプでしたっけ?」

「そうじゃなくて」

 空になったグラスをカラカラと鳴らしながら答えた。

「知り合いなんだよそいつら」

「なんで!?」

「そいつらって元帝国軍『ロウ』の戦士だろう?」

「ええ。魔王を倒したあとは軍を辞めて悠々自適な生活をしてるとかなんとか」

「俺もさ。そいつらがいた時期にロウにいたんだよ」

 JJは目をかっぴらいてイナの顔を覗き込んだ。

「なんで!?」

「なんでもなにも。入隊試験に合格したからだ。補欠のお情け合格だがな」

「そうじゃなくて! なんで受けようと思ったの!?」

「幼なじみのガキがスカウトされてロウに入ったからな。俺も入ろうかなーと思って」

「そ、そんな理由で!? つーか……ロウにスカウトされるなんてほんとにあるんだ……そういえば今の勇者たちって……」

 JJはアゴに手をあててなにやらブツブツ言っている。

「ともかく。そんなわけで『ブレイブ・クラブ』の連中とは面識があるから安心しろ」

「それならいいですけど。でもちょっと気になることが」

「なんだJJ」

「そのスカウトされたっていう幼なじみさんは今なにをされてるんで?」

「なぜそんなことを聞く?」

「気になるじゃねーですか。ロウにスカウトされたなんて聞かねーですし」

「知らねえよ。知るわけねえ」

「ではお名前は?」

 イナは一瞬の沈黙ののち、グラスの中の氷をガリガリとかじりながら応える。

「さあな……忘れちまった。もう十年も前のことだから」

「えー!? 友達の名前忘れるなんてひどーい! 臓物―!」

「うるせえよ。友達いない癖に」

「いるもん!」

「誰だ」

「イナだよ!」

「なんじゃそりゃ」

「まあまあ」

 JJが二人の肩にポンと手を置いた。

「ともかく。全面協力させて頂きますよ! ケンカの頭数にゃあならないですが、それ以外ならなんでも。差しあたりトルイスまで行く移動手段が必要なんじゃねーですか?」

 そういってJJは手でコインの形をつくる。

「……移動手段?」

「この間、車を買いましてね。それに乗せていってやろうかって言ってるんですよ! まあ多少お値段は張りますがね」

 この時代の『車』といえば馬車のことだ。

「車! いいねえ乗ってみたい! 料金はこれでいい?」

 ヘルはそういって腕につけたブレスレットを外した。

「まいどありー」

「おい待てよ。それは払い過ぎだ。こいつは相場の三倍の価値はあるぜ」

「ぐぬぬ。余計なことを……」

「親友なんだから相場の三分の一までマケろ」

「ちょーしが良すぎますよ!」

 値段交渉は朝まで続いた。


「じゃあクルマ取ってきますから! 待っててくださいね!」

 随分と値切られたJJは少々不機嫌な様子で自宅へ戻っていった。

「ざまあみやがれ。相場の五分の一まで値切ってやったぜ」

「もー。なにもあんなに強引にやらなくてもよかったのに」

「なにを言ってるんだ。おまえの財産を守るためにやってやったんだぞ」

「ケチなだけでしょー。別によかったのに」

 そういってヘルは首にかけた宝石をジャラジャラと鳴らす。

「ヘルは別に宝石とか興味ないんだ。魔族のナカマはみんなそのために戦争しちゃうぐらい執着してたけど」

「ふーん。まァ戦争なんてのは常にクソくだらない理由でしか行われないからな」

 足もとに落ちていた小石を蹴っ飛ばした。

「服は好きだけどね。魔族の服より人間の服の方が好き。今着てるの可愛くない?」

「まあまあだ」

「イナの服も好きだよ。その身の程にあってない、悪徳貴族みたいにド派手な赤い燕尾服と黒いマント」

「服ぐらいキメないとやってられないからな」

「お待たせしましたー!」

 JJがクルマをつれて戻って来た。

「――って」

 確かに立派な二人乗りの帆車がついてはいるのだが。

「グモオオオオオ! ゴッゴッゴッゴッゴ!」

「こりゃおめえ、カバじゃねえか」

 カバのヒポポくんはイナの頬をペロっと舐めて満足げ。

「クルマとは言いましたが馬とは言ってませんよ?」

「わー! マヌケな顔してるー! 臓物かわいい!」

「こりゃああの金額でもぼったくりだぞ……」

「ええ。腕は立つが値段はボッタクルがキャッチフレーズですから」

「清々しいヤツだな。もっと偽善者になればいいのに」

 とはいえ他に選択肢もない。イナとヘルは帆車に乗り込んだ。

「ではしゅぱーつ!」

 ヒポポくんはモゴフ! と大きく鼻息をつくと時速四キロで駆けだす。

「やれやれ……どうしてこうなったやら……」

 ゆっくりと揺れるカバ車の上。イナは。また昔のことを思い出していた。


◆◆◆


 イナたちの生まれ故郷アデイチ村から川をくだって十数キロ南下したところに、ハルホーン天啓教会という施設があった。マクマール帝国民の九十パーセントが信仰するとされる『聖教ステファーン』の教会で、聖女ステファーンのクリスタル像が鎮座していることで有名だ。周辺に住む聖教ステファーンの信者である少年少女は(本人に本当に信仰の意志があるかは別として)十歳になるとここで『天職天啓』を受けることになっていた。

 これは聖女ステファーンにより、その者の『天職』となる職業の『啓示』を受ける儀式だ。啓示を受けた職業に就かねばならないという法があるわけではないが、『天職天啓』を受けているというだけ就職に有利であり、かつ実際にその職業に高い適性を持つ場合が多かったのは事実らしい。

 ただし。全員に『天啓』があるわけではない。

「親愛なるステファーン様――」

 儀式を実行する神父はイナたちの父親代わりも務めていたケンスキー・ノーザン氏。

 天啓を受けるイナの『ライバル』は瞑目して両手を合わせ、ステファーン像の前に設置された『天啓の泉』に身を浸している。

「このものを貴女の深き愛と罪を許さぬ――――――んんんん!?」

 冷静沈着なノーザン氏が驚きの声を上げると、泉の前で微笑みを湛える聖女ステファーン像が黄金に輝き始めた。

「こ、これはぁぁぁぁ――!」

 ノーザン氏は後ろに吹き飛ぶようにして跳びあがり、思いきり尻餅をついた。

「これは! ステファーン聖典の第六章に描かれた、魔王アンダーカバーを穿った英雄レインディアが天啓を受けた場面と同じじゃ!」

 教会中がざわめきに包まれる。

「間違いない! この者こそ! 聖女ステファーンの加護を受け! 現代にはびこる魔族を打ち倒す勇者じゃああああ!」

 ――先に儀式を『なにごともなく』終えたイナは両手の拳を血が出るまで握りしめていた。


『天職天啓』の結果はすべて王宮に報告される。

 報告の翌日には王宮からの使者が『ライバル』を帝国軍『ロウ』へスカウトしにやってきた。無論、ほぼ拒否権はない。ライバルはその日の内に村を出た。

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