第5話 ブレイブ・クラブ
『航海王』エド・アングラーとその仲間たちはゴッチ歴七五〇年にランカシャー大帝国を出航し西へ。魔族の住処として知られ、当時何人も足を踏み入れることのなかった『インゴベルナ海域』に侵入した。そしてなんども全滅の危機に瀕しながらこれを突破し、今で言うマクマール帝国東部地域に到着。国家を築いた。以後一〇〇年以上に渡って原住民との闘いを繰り広げ、八八八年にはとうとう全土を制覇する。
そんな建国の経緯から、マクマールは小国ながらも脅威の軍事力を誇る国家として恐れられ、ランカシャー大帝国ですら無視できないほどの発言力を持ちつつあった。
そして。ある『偉業』を達成したことによりその発言力はさらに高まることになる――
「どけよテメーこのクソデブ野郎!」
「どけるかバカ!」
「ナニコラタココラ!」
「なにがコラじゃコラ!」
この日マクマール帝国の首都マディンソンに位置する『キャッスルスクエアガーデン』では四年に一度のビッグイベント『ホールオブフェイム』が行われていた。これは帝国の発展に偉大な功績を残した人物を表彰する式典である。ビッグイベントといっても普段は見物人などおらず、お偉方の自己満足のようなイベントなのだが。
「うっへーすげー人!」
「まあ今回は受賞者が今までみたいなわけのわからん慈善事業家だのインチキ臭い聖職者だのとはワケが違うからな」
――今回は少々様子が違うようである。
巨大広場に設置された舞台の周囲には何千人もの観衆が動員されていた。
「まさに現代のヒーローだもんな。子供の人気もすごい」
「おい坊主! そんなに前に出たら踏みつぶされるぞ!」
――やがて舞台に黒い礼服を着た男が現れる。
「始まるみたいだぞ!」
「うおおおおおおお!」
マイクや拡声器などない時代だ。彼は声の限りに叫んだ。
「レイディース&ジェントルメン! 大変お待たせ致しました! 今年の受賞者に入場して頂きます! 今年は誰が受賞するのか、そして彼らが成し遂げた偉業はもう皆様ごぞんじですね? そう! 人類の歴史が始まってから現在に至るまで、常に我々に不安と恐怖と絶望を与え続けてきた『魔族』の親玉を見事討伐し悪の根を絶ったことです! これ以上の偉業などあるか! 文句なしの満場一致で決定致しました! 今年の受賞者は――」
司会者はここまで一気にまくしたてて、いったん息を吸う。
そしてさっきよりもさらに大きな声で叫んだ。
「元帝国軍『ロウ』特別部隊『ブレイブ・クラブ』の皆さんです!」
客席からはまさに割れんばかりの大歓声。
「まずはおひとり目! ブレイブ・クラブの切りこみ隊長! 普段は奥ゆかしい淑女だがひとたび戦場に立てば誰よりも雄々しく咲き誇る! 清廉なる拳闘士! カイリ・ファイブスター!」
舞台袖から一人の年若い小柄な女性が姿を現す。観客からの声援に穏やかな笑顔でゆっくりと手を振って答える。短めに切り揃えられた桃色の髪、純白のヒラヒラと風になびくワンピースドレス。まさに清純という言葉を具現化したような女性であった。
「いやーやっぱりステキだねえカイリ様は」
「清楚ながら健康的なお色気を醸し出してるのがいいよな」
「隠れ巨乳極まりない」
「でも。やっぱり色気といえば」
「続きまして――魔術の名門ハグレーン家が産んだ超天才少女! アルカナカードを自在に操り敵を討つその姿はまさに神秘! ベリアイノ・ハグレーンの入場です!」
反対側の舞台袖からゆっくりと現れたのはカイリよりもさらにふた周りぐらい小さな女の子だった。ただしその格好はいささか刺激的で、体を隠しているのは銀色に光る上下の下着のような面積の衣服のみ。下半身に透き通ったサテンの腰巻をまいて、顔の口から下は黒いヴェールで覆っているが、それにより露出度が下がっているとは言えない。マクマール帝国民には珍しい艶やかな長い黒髪も彼女の妖艶さを演出するのに一役買っていた。
「うわっ! エッロ!」
「バカ。スケベな目で見るんじゃない。ハグレーン家の正装だぞ」
「でもあの色気はすごいな……小さな身体でいらっしゃるのに」
「きっとエッチな日常を送ってらっしゃるんだろうなあ」
ベリアイノは可愛らしいがどこか淫靡な小悪魔的笑顔で微笑む。それからカイリに向かってトテトテと駆け、抱きついて甘えた。
「あら。でも色気といえばやっぱり彼じゃない?」
「続きまして! 聖魔法のスペシャリスト! 若くして聖ステファーン教の最高司祭も務め、多忙な中馳せ参じて下さいました! ミズ・フリッツ!」
現れたのはコバルトブルーとイエローを基調とした聖ステファーン教の法衣に身を包んだ長い銀髪の青年。
「キイイイイヤアアアア!!」
いかにも聖職者という落ち着いた物腰だが、佇まいは若々しく歌劇俳優のような甘いマスクをしていた。会場の女性たちがキャーキャーと騒ぐのも致し方ないといえる。
「はあたまらないわあ……六億回抱かれたい……オラフには悪いけど」
「おいおい。聖職者にそんなこと言うと不敬罪で捕まるぞ」
「あら。そうだったわね。でもいいわあ。私はやっぱりミズ様派!」
「えー? 確かにミズ様も素敵だけど私はやっぱり――」
「そうだ。まだ大本命が出てきてないぞ」
「うむ。男の俺でもアレは惚れる」
「最後に登場致しますのは――」
司会者がそう宣言すると、この日一番の大歓声が湧き上がる。
「あのおぞましいまでの強さを誇った魔王をたった一太刀にて切ってとったまさに英雄! ブレイブ・クラブのリーダー! 神に選ばれし勇者! ヒロハ・スリングブレイブ!」
会場は大爆発。
勇者はややもったいをつけるようにゆっくりと姿を現した。
「うおおおおおおおおお! きたあああああああ!」
「キャアアアアアアアアアアアーーーー!」
「ゆうしゃさーーーーん!」
「ありがたやありがたや……」
全身黄金のフルフェイスの鎧姿は勇者の証。
ヒロハは舞台の中央に立つと、優雅な仕草で顔を覆っていたメットを外した。
「ギャアアアアア! ステキイイイイイ!」
「カッコイイイイイイ! リリシイイイイイ!」
「美しい……!」
「顔が! 顔が良すぎる!」
東大陸の侍のように後ろで結んだ、金色のサラサラした髪が爽やかになびく。
ツリ目がちでキリっと鋭い自信の光に満ちた瞳。理想的な形状をした高い鼻。彫刻のように整った顔立ちであると同時に、可愛らしいぷっくりとした唇や柔らかそうにふくらんだ頬には二十歳という年相応の幼さが残っている。
「なんで当世最高の英雄が顔までこんなにかっこいいなんてことがあるのかしら……」
「いやこれは内面の美しさや研鑽を積んできたという自信が顔に現れているんだろう」
観客が熱狂、いや狂乱する中。彼はイタズラっぽく歯を見せながら、腰にさした剣を抜くパフォーマンスをしてみせた。
「おお! あれが魔葬剣か」
「……魔王を一撃で倒したという」
「美しいな……恐ろしいほどに……」
「――ふん。確かに剣はカッコイイですけど」
金髪をグルグルに巻いたいかにも気の強いお嬢様という女性がつぶやく。
「みんなアクセサリーのセンスがビミョーじゃないですこと? 勇者はいいとしてカイリさんのイヤリング、ベリアイノさんのサークレット、ミズさんのロザリオ。みんな変な紫色で全然服に合ってないですわ」
「あんたそんなこと言ってると殺されるぞ」
「だって事実ですもの。なんなんですの? アレは」
すると。
「えーーーーー!? 知らないんですかーーーーーー!?」
やたらと特徴的なダミ声が会話に乱入してくる。
声の主は最後方で踏み台に乗って見物している女だ。片眼眼鏡にお下げ髪、カッターシャツにショートパンツというファッション。当時の感覚でいうと変な格好である。
「知ってるのか『情報屋』」
情報屋と言われた女はドヤっと腰に手を当てて答える。
「あの紫色の石にはね。魔王が封じ込められてるんですよ!」
「そ、そうなんですの?」
「魔王という概念はこの世から消滅させることはどうしてもできないらしくてですね。ああして四つに分割して封印してるそーです。あの『魔葬剣』の柄についているのもそうです。通称『封印されし魔王』」
「……そのまんまでわかりやすいネーミングですこと」
「いつも肌身離さず見張ってくださってるんですって。まあ『ロウ』を辞めたあともわれわれを守ってくれてるってわけですね」
みな半信半疑な様子で首を捻っている。
情報屋はそんなことは意に介さず、しきりに羊皮紙に羽ペンを走らせていた。
――式典は進み四人それぞれに楯と花束が授受される。受け取った花束は受賞者が最も大事に思う人を壇上に上げ、その人に渡すというのが決まりだ。
カイリは父親であり師でもあるコーディ・ファイブスターに。
ベリアイノは母であるサーシャ・ハグレーンに。
ミズは自らを神の道に導いてくれた司祭アルーン・デミットに。
それぞれ花束を贈呈した。
「ん? ヒロハ様が壇上に上げてる子供って誰だ?」
「はいはーーい! 知ってマス!」
情報屋がまたもしゃしゃりでてくる。
「あれはね。ヒロハ様の弟と妹たちですよ」
「……全然似てないが」
「血のつながりはないですからね。ヒロハ様って両親が例の十数年前の流行り病で亡くなってましてね。孤児教会で五人の兄弟たちと育ったんですって!」
「五人……? 四人しかいないぞ……」
「あれ。ホントだ。ひ、一人は風邪でもひいてるとか?」
「一気に信憑性がなくなったな」
「そんなことねーです! 以前本人に直接聞いたんですから!」
「はいはい」
壇上ではヒロハが優しげな笑顔で一人一人頭を撫でながら子供たちに花束を渡してゆく。
「はあ……ホントにステキだわあ……」
「結婚したい……」
「子供産みたい……」
「ちっ……」
女性陣をメロメロにするヒロハを面白く思わないヤツもいた。
「なあ情報屋」
「なんですか?」
「なんぞヒロハ様のゴシップとかないか?」
「ああ。ありますよ。とっておきのが。ただし。未確認情報ですがね」
「それでもいいから教えろよ」
「一〇〇デビアス」
「っち」
「まいど!」
小銭を受け取ると情報屋はそっと耳打ちした。男はブブッと噴き出す。
「バカこけテメエこの野郎! んなわけねえだろ!」
「ふふふ。そうですかねえ。私は意外とありうると思ってますよ」
「……まあいいや。面白いから言いふらしてやろ。くくく。ヒロハ様信者の女が絶望する様子が目に浮かぶ」
「そうですか? 意外と喜んじゃうかもしれねーですよ?」
「――それでは! 偉大な功績を残しましたブレイブクラブのメンバーにもう一度大きな拍手をお願い致します!」
式典は無事終了した。
――その晩。キャッスルスクエアガーデン内のレストランでは式典出席者によるパーティーが行われた。
「モグモグモグ――! ガツガツガツ! ひええええ! うめえ! なんの肉だこれ!」
パーティーはビュッフェ形式で行われていた。主役であるブレイブ・クラブのメンバーは会場中央の丸テーブルに四人で座り、同窓会のような和やかな雰囲気でパーティーを楽しんでいた。と記録されている。
「ヒロハ。あまりがっつくとみっともないですよ」
ヒロハの目の前には分厚いステーキがパンケーキの如く積まれていた。
「ミズさんは相変わらずカタイなー。こんな美味しいモノはね。詰められるだけ詰めないとソンですよ」
「やれやれ」そういいつつもミズは笑顔である。
「あのキャーキャー言ってた女性たちが見たらガッカリしますよ」
カイリもそんな風に咎めるがヒロハはどこ吹く風。
「あー大丈夫大丈夫! 公式の場ではボロは出さないから。あんな風にカッコつけるのも嫌いじゃない――おっとソースが」
自らの『鎧』についたソースを指で掬いペロっと舐めた。
それ見てカイリは軽く溜息をつく。
「鎧脱いだほうがいいですよ?」
「師匠! なにいってるの! どこから敵が襲ってくるかわからないんだから!」
どんどんソースまみれになっていく鎧に目をやりつつカイリは苦笑。
その横でベリアイノはもくもくとテーブルに置かれたスイーツを口に運んでいた。
「三年ぶりに会いますが、ヒロハはなにも変わっていないですね」
「いいことじゃないですか。ミズさんはちょっと老けた?」
「ヒロハ。私は心配してるんですよ」
「なんの?」
「こんなにガサツでは結婚ができないんじゃないかって」
ヒロハは口に含んでいたワインを盛大に噴きだした。
「ほらそういう所ですよ」
「バカバカバカバカ! ボクは結婚なんかしねーの!」
腕をブンブンふりながら喚き散らす。
「毎日帰ったら家にやかましいのがいたからってなにが楽しいんだ! ワケわかんないよ結婚なんて!」
カイリとベリアイノは顔を見合わせて笑った。
「みなさん結婚する前はそう言うんですよね」
「ミズさんだって独身じゃん!」
「私は聖職者ですから」
……ああそっかと頭を掻く。
「まあとりあえず。そういう相手を探してみてはどうですか? 案外いいものかもしれないじゃないですか」
「かなわねえなあ。ミズさんには」
そういうとヒロハは背筋をピンと伸ばしてナイフを握り、ステーキ肉を切り始めた。
「素直なところはヒロハのいいところですよね。ナイフの持ち方は間違ってるけど」
カイリが頭を撫でるとヒロハはまんざらでもなさそうな顔。――そこへ。
「そういえば――」
ベリアイノがこの日初めて口を開いた。
「ヒロハ。あの子はどうしてるの?」
「あの子って?」カイリが問う。
「ヒロハの幼なじみの――」
ヒロハのフォークが空中で止まる。
「ああ……えっと。グロウリアくんだっけ」
ベリアイノはコクリと頷く。
「そういえば行方知れずでしたね。ヒロハは知って――」
ミズの言葉の途中でヒロハはフォークを皿に落とした。
ガチャン! という大きな音。会場が静まり視線が集まる。
「ごめん――」
ヒロハはさきほどまでとは別人のような暗くどんよりとした表情を浮かべた。
「あいつの話は……やめて」
――会場はすぐにもとの喧噪を取りもどした。
しかし。中央テーブルの四人は無言。
「あっごめんね! 変な空気になっちゃって! ちょっとイライラしちゃったかな!? こんなときは甘いモノにかぎるぜ!」
ヒロハはテーブルに大量のスイーツを運んでくると、そいつをガツガツと食べながらまた明るくしゃべり始めた。
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