キノシタさん

 比喩でもなんでもなく、彼女の顔全体は真っ黒に塗り潰されていた。少なくとも私にはそうとしか見えなかった。

 だが、何故か私には顔が見えない彼女が誰であるのかが、自分でも驚くほどにはっきりと分かった。


 「フルカワさん、だよね?」

 黒の中から聞こえてきた声は(こう表現するのが相応しいかどうかはともかく)、やはり思い描いていた人物のものだった。


 キノシタさんだ。

 私の高校時代の同級生で、同じ美術部で、

 事故で17歳で亡くなった筈の。


 あまりにも疑問が溢れてきてしまい、本来であれば驚くべきタイミングを無言で過ごしてしまった。

 私のところに現れてどうする気だろう。幽霊なのだろうか、だとすれば取り憑いて呪いでもかけるつもりだろうか。


 「……本当に、キノシタさん?」

 「やっぱり見えるんだ。」

 私がせっかく頑張って出した言葉を、彼女は気に留めていないかのようだった。というより、彼女自身も状況を飲み込めていなかったのだろう。


 「その……顔は、どうしたの?」

 「顔?どうにかなってる?」

 「他の誰にも何も言われなかったの?」

 「他の誰にも何も気付かれなかったの。」


 この時にはもう黒い顔の女性がキノシタさんであることを疑っていなかったが、相手の言葉を使って返すいたずらっぽい声から、私は少しの懐かしさを感じ、同時にやはり相手がキノシタさんなのだということを確信した。


 私にはこれ以上どうするべきかの考えも浮かばなかったので、


 「とりあえず、一旦私の家に来て。色々話をしないと。」


 こう彼女に伝えるより他がなかった。

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