第206話

 12月のとある日、関西国際空港。

「サミシイ」

 インド人騎手のシヴァンシカ・セスがべそをかいていた。めそめそし過ぎて本当に涙が出ている。

「なら、年末までいればいいのに」

「メンキョキレル。ソレニ、インドノウマモイル」

 霧生かなめが呆れ半分で茶々を入れると、シヴァンシカは頭をブンブンと振って己を奮い立たせる。帰ると言ったら帰るのだ。

「ハルクル!マタコンド!」

「うん、またね」

 大きく手を振って飛行機に搭乗していったシヴァンシカに手を振り返した御蔵まきな。生きていさえすれば、また会えるのだ。


 遠ざかるジャンボ機を見送り、空港内の喫茶店でティータイムである。

「ね、GⅠジョッキーの霧生騎手。率直な感想はいかがですか?」

「何よ、急に」

「だって、GⅠだよ!同期5人中、4人が2年目まででGⅠなんてすごいよ!記録だよ!」

 何やら、まきなは興奮している。かなめもGⅠジョッキーとして扱われるのに否やは無いのだが、お仕着せであることも確かなわけで・・・

「そりゃあ、無理やり勝たせてもらえばねえ?」

「でも、競り合いになって勝たせてあげるのは無理だよ?」

「まぁねぇ・・・」

 そうは言っても、いつかは自分で売り込んで取った騎乗機会でGⅠを勝ってみたいものだ。それもアシストだらけでようやく勝った体たらくではいつになるか?

「実力はいつか付く。付いた瞬間に乗鞍が無きゃあ話にならないよ!」

「足が早そうだもんねえ・・・」

 そうそう、とまきなは首を振る。何事もタイミングだと。

「で、まあ・・・率直な感想って言っても。嬉しい、としかね」

「GⅠ、ユングフラウさんに追いかけられてどうだった?」

「生きた心地がしない」

「そりゃあ、そうだろうけどさ」

 そうじゃなくて、とまきなは返す。そこはワクワクした、とか・・・

「いや、絶対負けられないんだから。併せてたトルバドールもへばってたし、ヤバいとしか思わなかったわよ」

「真面目だなあ・・・」

「悪い!?」

 まきなとかなめの良くわからない漫才のようなインタビューはしばらく続いたが、まきなはようやく本題を切り出す。

「うん、2月まるまる頂戴!」

「2月まるまる?」

「海外競馬に行きたいんだ。慣らしも要るでしょ?」

「2月に海外・・・?中東でも行くの?」

 2月ならばヨーロッパは完全オフ、アメリカも少しはやっているがほとんどオフなので、自然と中東、ドバイやカタール、サウジアラビアが候補になる。

「そこは秘密!ミステリーライドです」

「何よそれ・・・ま、良いけど。行くわ。馬主様まきな様の思し召しだし」

「あ、言ったね!?じゃあ、決まり!後1人どうしよう」

「後1人?そんな何頭も持ってくの?」

「いや、3頭だけだけどね。私とかなちゃんと・・・誰か」

「どこ行こうってのよ、あんたは・・・」

「へへへ」

 楽しみは分け合う派のまきなには、来年に向けての楽しみが1つあった。それはまだ内緒なのだが。

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