第202話

 中団前目、先行勢のちょっと後ろにはジョン・スイスがいる。彼の馬キタウラモミジはオープン勝ちの他、重賞3着がある。3番人気にも支持されているが、あまり順調な訳でもない。

「うーん、速い・・・」

 スタートから600mを経過して、スイスはこのレースの状況を的確に見定めていた。前のペースは早い。4番人気のファントムメアリとクラハドールが競り合って、かなりのハイペースで逃げているのは間違いない。だが、人気馬が固まった後続はどうなっているか?

「どうも、流れが良くないね。焦ってる」

 スイスは6番手に馬を置いたが、そこのペースはスタミナの消耗度的なことを言うと実質、前2頭のペースよりももっと速い。なし崩し的に脚を使わされているという奴だった。

「タケルもキリュウも気づいて無さそうだ。気づいてやってるなら大したもんだけど」

 どこまで影響してくるかはわからないが、この分だと最後方の馬は最後に進出してくる脚を使い果たしている可能性も感じられ、武豊莉里子やユングフラウ・ドーベンなどの後方に控える選択が仇となるやも知れず。

「なら、ボクはね・・・」

 800mのハロン棒の手前で、スイスはキタウラモミジに指示を送った。


「動いた、スイスさん」

「スイス、外人かね?」

 レースを見守っていた御蔵まきなは意外と先行馬に有利な情勢となったことに内心、ガッツポーズしていた。雪崩を打ったように、じりじりと全頭が脚を使っているように見える。まきなには強い逃げ馬と見たクラハドールにとって最高の状況を打破すべくスイスが動いたように感じられた。

「スイス生まれでドイツの騎手だった人なんですよ。今は試験受けて、JRAの騎手ですけど」

「その人も頑張ってるんじゃのう」

 まきなは気が気じゃなかった。頑張っているなんてもんじゃない。レースの機敏を嗅ぎ取ることでは今の日本で一番。日本で騎乗数の多い騎手として上から数えた方が早く、その感覚を磨き続けている。あと20年現役なら、武豊尊の記録の半分は塗り替えかねない。

 そのジョン・スイスの目は間違いなくクラハドール、霧生かなめの方に向いている。ペースを作り出しているのは彼女たちであるから。


「来た」

「はぁ?来たって・・・スイスか」

 6馬身離れた位置、単独3番手までキタウラモミジが押し上げて来たのにかなめが少し反応した。それに釣られて後ろを見た武豊尊、つまらないものを見たとばかりに振り返る。スイス程の騎手ならさすがに上がってくる頃だ。レースはもう1000m地点を通過したのだから。最後のカーブから直線に入ろうとしているところで、彼は自分たちのアドバンテージを自覚していた。

「後ろが良い感じに消耗して来たのお?」

 このクレイジー娘と競り合った甲斐があった。途中まで2頭揃って大逃げ一歩手前のレースは無茶苦茶だったが、そう無茶な逃げをしてきたわけではなかったらしい。差が思った以上に詰まっていないことからも明らかだった。

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