第193話
門別の若手、卯野冬夜はこれまでも何度か地方競馬におけるローカルなGⅠ級競走、JpnⅠレースに出たこともある。しかし、それほど有力馬を任された経験は無い。そういうのは一個上、門別の実力派若手と名高い加賀登の管轄だと思っていた。
「マジっすか!」
卯野が手綱を取って重賞2勝したグリンディーゼル。管理調教師の山田師に説得された中田総帥から継続騎乗を打診されたときはまさかと思ったものだ。JBC2歳優駿こそ2着だったが、門別の2歳馬として最強の座にあるのは疑いようも無い。来年のクラシック戦線に向け、現時点での一番手。
「頑張らなきゃなあ・・・」
「卯野騎手」
武者震いのつもりで震える卯野に、生産者の御蔵まきなが声をかけてくる。先代の祖父が倒れたころから、彼女は繁殖に意見を求められていた。この世代の馬だと名目だけの生産者ではない。
「せっかく、川崎まで出て来たんですから」
ステッキを握る卯野の手を両手で包み込む。卯野からすれば、若い女の子にそんな態度を取られては、舞い上がっても仕方ない。
「中央の良血もたくさん出てるんです。ダメで元々なんですから」
「でも、せっかくのチャンスだから・・・」
卯野は相手の意図を掴みかねていた。何だと言うのか。チャンスなのだから、やらなければいけないのに。
「そんなガチガチの状態で、馬に乗るんですか?」
言われてハッとした。
「ダメですよ。馬が怖がります」
一本一本、ステッキから指を優しく剥がしていく。
「いつもの明るいあなただから、馬も頑張ってくれるんですよ。だから、ね?」
そう言われては緊張しているわけにいかなくなった。そうなると、今度は卯野、年下の生産者に負けた気分になって落ち込みだす。
「はあ・・・」
「おう、どしたべ、冬夜?」
「先生、中央の騎手になるような人って人間出来てるんですね・・・」
「ああ、桜牧場のお嬢様か」
師は察すると、卯野の頭をくしゃくしゃにした。
「お前みたいな野猿がうらやむ相手かよ!お前はひょうきんに馬と馬鹿やってればいいんだべ!」
「で、でも」
「どうせお嬢様も言ってたんだろ?お前は馬鹿なぐらいでいいんだって。お前が真剣にマジメ~に考えても悪い方向にしか行かねえって」
さすがに卯野を5年は見て来た。師は実に的確に突いてくる。
「先生」
「加賀君は確かに考えたべ。けど、ディーゼルにはお前が合っとる。総帥もそれはお認めだ」
騎乗命令がかかり、パドックで輪乗り周回の体勢になった。
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