第190話
服部隼人はフィエルテと坂路を登る。栗東トレーニングセンターの坂路コースは全長1000m、実走距離は4ハロンほど。馬たちは60秒とかからず駆けて行く。
「速い!」
調教も1年半ぶり。どれも大して動かない馬ばかりだった。それらと比べて、フィエルテはどうだろう。
「素軽いって、こんなのを言うのか・・・」
コースを出た彼らを出迎えた唐橋調教師や調教助手の弥刀、生産者の御蔵まきなら唐橋厩舎の面々。皆、色めきだっている。
「服部くん!52秒切りだよ!」
生産者・馬主が同期というなんとも言えない関係の御蔵まきな。手放しで喜んでいる。
「え、52秒?」
調教タイムのあれこれを忘れている服部はそれがどういうことか、見当が付いていない。
「4ハロン51.4秒、上がり12.1秒。上がりだけなら今年最速もあるな」
「なあ、御蔵・・・」
「なに?」
「普通ってどんくらいだっけ・・・?」
「忘れちゃったんだね。うん、53.6秒が一応、出走目前の馬に欲しいタイムかな。それより2秒も速いから、かなり良いんだよ。上がりだけなら先生の言う通り、今年一番かも!」
上がりの1ハロンが12秒を切ることはそうそう無い。終いの脚がある、差し脚に秀でた馬の証明になる。
「すごい馬なんだな、お前・・・」
服部は半ば呆然として跨がったままのフィエルテに語りかけた。
「えーいいな!あたしも乗りたいわよ!上がり一番時計なんて!」
「かなちゃんはクラがいるから!」
「よっぽど良いペース刻めないと、逃げ馬じゃ差し馬に勝てないでしょ!」
どこで勝負する気かは知らないが、戦う気が満々だ。2頭ともまきなが主戦予定だったのでさぞ悔しかろうと思われたが、本人はケロッとして言ってのけた。
「え、だって。物理的に無理じゃない。開催場違いに怪我で降板は。勝ち出したから馬主権限で交代なんて、横暴だよ?」
至極正論をもってぶった切った。
「あまりにも勝てなくて、庇いきれなくなったら降りてもらうけど。1つ2つで勝てなくて降ろしてたら騎手不足になるよ?」
心配するなら腕を磨くこと。まきなはかなめや服部の心配を端から気に留めていなかった。
「マキナー!ゴハン!」
まきなやかなめと複数人で行けば弥刀が食事を作ってくれる確率が上がると学習したシヴァンシカ・セス。お腹が空いたのでまきなを探している。
「ちょっとは、シカを見習うべきなの?」
「アレは・・・違うくないか?」
まきなは満更でもないらしいが、天真爛漫に振る舞うのも・・・と若き男女2人で躊躇うのだった。
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