第181話

 東京府中のGⅠ、ジャパンカップ発走の3分前。画面内では待避所からゲートの方に進み、18頭が輪乗りになっている。画面の中にはジョン・スイスの栄えある代役、我らが同期。福留雄二がいる。

≪エンペラーズカップはジョン・スイスからの乗り替わりを嫌われ、6番人気。禅定さん、いかがですか?≫

≪ええ、鞍上もGⅠ騎乗歴まだヒト桁台ですけどねえ・・・落ち着いてますねえ≫

「落ち着いてるかなあ?」

「うーん、まあ取り乱してないだけマシじゃないの?」

 御蔵まきなと霧生かなめ。画面内の同期代表に容赦ない品評会を繰り広げている。

「いや、あれは中々、思いを秘めた顔をしとる」

 ジャパンカップに自身の出走馬や所有種牡馬の産駒もいない。気楽な中田総帥が品評会に参加した。

「思いですか?」

「ウム。狙っとる。一発やると思い込んだ男の顔や」

「いやー、あいつはいつも、そんな感じでお腹壊すキャラですけど・・・」

 かなめにとって総帥は雲の上の偉い人だが、今はまきなの友人枠でいるため、親戚のおじさんくらいの捉え方だ。総帥もそんな態度をとがめる器ではない。

「いや。やるぞ、あれはやる。賭けるか?」

「え、じゃあじゃあ、勝ったら朝日杯の乗鞍ください」

「それは無理や。どこかのリステッドくらいで我慢せえ」

 お互い、かなり気安くなっている。朝日杯とは、阪神ジュベナイルフィリーズの翌週に阪神で行われる2歳GⅠ。それを要求して流されない程度には打ち解けていた。

「福留くん、頑張って欲しいやねえ」


 ゲート入りは順調に10頭が入ったが、意外な馬が渋り出した。

『ロト!?』

 今年1年、海外で2400なら一番強い可能性まである1番人気馬が後ずさりしながら、尻っぱねしている。カメラ映像などで後からわかったことだが、ゲート入れ担当の競馬場係員の1人が他の馬に対応しているところ、アスタロトの尻尾に何かをひっかけて尻尾が引っ張られていた。それに気を悪くしたらしい。

『落ち着いて!』

 そうは言っても一度、火がついた馬なのでそう簡単には止まらない。やむを得ず、鞍上のジャンヌ・ルシェリットは下馬して馬を宥めた。

≪禅定さん、これは・・・?≫

≪良くわからないけども、発走時刻が遅れます。荒れますよ、これは?≫

 暴れたアスタロトの馬体検査と、騎乗してからレースが始まらないうちの下馬なので、ジャンヌの身体検査もある。既にゲート入りしていた11頭など、各馬ゲートから解放されて輪乗りに向かう。

「ジャンヌちゃんでもあるんやねえ・・・」

 リキュール騎乗の武豊莉里子。彼女が馬を御する技術はすごい。リキュールを焦らせもせずに淡々と待たせている。結局、各種検証に10分以上かかったため、平静な状態を保てた馬は数えるほどだった。

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