第182話

 平静なのは本当に一握り。その一握りに彼らがいた。

≪ゲート開きました!さて、出て来る馬は・・・≫

≪マハトマに、エンペラーか!≫

 インド代表マハトマ。シヴァンシカ・セスのムチに応えてかっ飛ばしていく。それに数馬身遅れて、エンペラーズカップが追随する。福留雄二はムチを打っていないが、馬がするすると動いている。1番枠と3番枠。両者とも内枠を活かして先団形成。

『飛ばすわよ、トミー!』

「なんだ!?あのインド人・・・!」

 最初の400mにして先頭から10馬身差。3番手以下は10番手に位置するアスタロトを取り巻く集団となってどの馬も控えた形になる。

「えぇ・・・何よ、アレ?」

「フクドメ、なかなか思い切ったな・・・かかってはいないよ」

 3番手と4番手に付けたリキュールとシャーピング。同じ関西馬・関西騎手同士だが、それ以上に生産者も同じ幼馴染ということから、馬がお互いに並んで走りたがっている。

「ねえ、ジョン。今で何馬身くらいあると思う?」

「そうだね、エンペラーからも15馬身はあるかもね・・・」

 800mを迎えてマハトマから20馬身程度の差を付けられる。時計は早い。いや、早いのか?

『遅い!』

 10番手を走るアメリカのアスタロト。何とか落ち着かせて発走までこぎ着けたが、本来は3番手には付けて前を窺うタイプだ。その彼にしては、この位置は後ろ過ぎた。ゲート入りで荒れた影響が尾を引いていると、ジャンヌ・ルシェリットは臍を噛む。

『確かに、遅い』

 真横に付けているプリンスオブシリア騎乗のヴァルケ・ローランは呑気を装っているが、内面ではかなり焦れている。その外側には五月蠅いのもいるので、苛ついてすらいた。

「おっそい!おっそいのお!なんやねん!」

 クイーンイザベルの武豊尊はあからさまに前の騎手を急かしている。鈴くらい付けに行け、と既に般若の形相。

『ならば、あなたが行けばいいだろう?タケ』

『ケッ!行ったるわ!』

 聞くに堪えかね、けしかけたヴァルケ。武豊はそれをあっさりと聞いて話がまとまり、向こう正面から早くも進出を開始した。

≪クイーンイザベラ動いた!レジェンド武豊!進出開始!≫

「おじさま来ちゃった・・・うるさくなるわよ?」

「タケルさんは・・・うん、まあ」

 するすると5番手に上がったクイーンイザベラ。武豊尊が姪っこと外人騎手をどやしつけ始める。

「莉里子!スイス!おまはんら遅いぞ!」

「だって!20馬身差以上よ!?どう考えてもへばるわよ!」

 ちょうど、向こう正面の直線を過ぎて大欅の向こう側。第3コーナーを回り始めたところ。

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