第174話
1着2着は30秒ほど空欄だった。しかし、すぐに表示される。
「1着・・・!」
霧生かなめの目には確かに、1着がマリーナスワンの馬番である10番と見える。31勝に手が届いた瞬間だった。スタンド、グランドスワンに詰めかけた観客に手を振り、検量室に引き上げていく。
「がなぢゃーん!」
「うわあ!?」
涙と鼻水で顔をぐじゅぐじゅにした馬主の御蔵まきなが飛びかかるように抱き着いてきた。強くしがみついて放さない。
「こらこら。この後、写真撮影あるんだから。鼻水ついた勝負服で写真に収まれっての?」
「だっで、だっでぇ!」
「泣くなっての、な、泣くなあ・・・!」
釣られてかなめも泣き出す。
「こりゃあイカンぞ・・・収集つかんで」
付き合いで来た中田総帥は抱き合う2人を宥めるが、あまり効果は見られない。それでも、3分かかってなんとか落ち着かせる。
「これで、ユングフラウに勝てるんだよ、かなちゃん!」
「いや、それはまだでしょ・・・」
でも、とかなめはまきなの目を真っ直ぐ見て言った。
「勝つよ。ここまでしてもらって負けましたなんて、言えない」
「うん!絶対勝とうね!」
まきながかなめの手を握り締めて大賛成している。ここまで繋いだバトン、ゴールに先頭で渡し切ってやると。
その後、行われた京都最終レースの写真撮影は、GⅠでもないのに晴れやかで、賑やかだった。
「ワシもか?」
「かなちゃんの最初の勝利馬の馬主さんですから!ホラ、先輩方も!」
オーナーが言うので、中田総帥がまきなの隣に立った。霧生かなめを密かに応援していた、中堅だが最近はイマイチという騎手たちも目敏く引っ張り込まれた。皆困惑しているが、かなめがGⅠ出走資格を得たことを喜んでいる。
「頼んだぞ、霧生!」
「関西は武豊一族だけじゃないって、見せてやれ!」
続々ともたらされる激励に、かなめは感無量になる。好かれてなど、応援される資格はないと思っていた。
「が、頑張る・・・頑張ります!」
最後まで泣き顔で、写真に収まらざるを得なかった。
それから間もなくジャパンカップの発走時刻である。
「うぅ、緊張するなあ」
「そりゃあ、ぐすっ、あんたは2頭も出してるじゃない・・・」
シャーピングとリキュール。どちらも大きな勲章を得て桜牧場の次代を生み出す役割を期待される同級生同士だ。
「うん。ワンツーで独占なら良いかな?」
「東西のメイン独占は欲張りすぎでしょ」
ただでさえ、今日は何度目かの女性騎手による表彰台独占をやった後だ。初めは競馬専門誌やスポーツ紙がこぞって取り上げたが、今や良くあること扱いだ。
「でも、おじいちゃんが最後に可愛がって育てた世代なんだ。無事にお母さんになってもらわなきゃね!」
まずは無事に回ってくる。もしも勝機があるなら狙う。まきなが2頭の騎手それぞれに下した指示はそれだけだった。
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