第173話
16頭立てのオープン特別、カノープスステークスが発走する。
霧生かなめはずっと悔しかった。晴れて騎手になった1年目、3月から動いていたにもかかわらず、初勝利は12月になっていた。負傷降板で騎手を探していた日高の中田総帥率いる一口馬主会・ビッグフットの力がある馬で未勝利戦を勝ちはした。
しかし、周りを見た時。同期で病気療養を余儀なくされた服部隼人以外の3人は、どれも30勝以上を挙げていた。重賞まで取っている。一番勝っている火浦が代表格で彼の世代は当たり年と見なされた。その中で、かなめはいないも同然の扱いだ。2年目もなかなか勝てない。8月にやっと、御蔵まきなの所有馬になっていたクラハドールで勝ったのだ。
「所詮、あたしなんて味噌っかすよ。でもね、そんなあたしでも活躍して喜んでくれる人がいるの」
祖父の勝彦に、GⅠを勝ったと報告してやりたい。いつも相談に乗ってくれた、唐橋師に自分を推薦したであろう師の娘、弥刀。
「まきな・・・!」
自分が手ひどく扱っても手を差し伸べてくれた友人もいる。才能なんて無いだろうに、でも勝つと信じて工面してくれた馬たちが今のかなめを作っている。それを思うと、こんなところで負けてはいられないのだ。
「京都のダート1800。直線は長くない」
この11月だけで重賞含め何勝もした設定のコースだ。今のかなめにとっては庭と言った向きのあるレースに全てが懸かっているのは幸か不幸か?
「・・・行くよ」
レースが動いた。16頭中10番手に付けていた芦毛の馬が、マリーナスワンが動く。それに続いて数頭、追い上げを開始する。
「動いたか!」
「かなちゃん!いっけえ、かなちゃん!」
かなめは第3コーナーの勝負所から一気に捲り上げるように進出していく。そうはさせじと先団3頭も追い込みをかけ、取り付きはしたが拮抗して抜かせはしない。
「前が強いぞ!脚は残っとる!」
「まだまだ!お願い、マリナ!」
その声に反応するように、マリーナスワンの前を走る馬がほんの少し、外にヨレた。馬1頭分の隙間に、容赦なくマリーナスワンが頭を向ける。かなめも反応した。
「行くわよ!?」
審議を避けるため、細心の注意を払った。外の馬に当たり、妨害と取られないよう、内ラチ柵にぶつかるように切れ込む。馬は頭を少し打ったらしい。血が滲んでいた。自身も右肘を打った。
「ごめん・・・!」
それでも追う手を止めない。今止めたら全てが無駄になる。マリーナスワンの気分にも落ち込みが無い。
最内を突っ切って、外に1頭、一緒に上がってきた馬。併せ馬の体勢にはならない。
ハナ先がわずかに出たところが、ゴール板だった。
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