第172話

 斤量と共に重い重い御恩も背負い込んだ霧生かなめ。マリーナスワンと共に本馬場入場。

「かなちゃん、大丈夫、大丈夫だからね・・・」

「かなり厳しそうやけどな」

「ムムッ!」

 御蔵まきなの大丈夫、に否定的な声を上げるのは日高のドン。中田統その人だ。

「おじさま!大丈夫ったら大丈夫なんです!」

「でもなあ、まきなちゃん・・・あのねえちゃん、顔色かなり悪かったで?いつもあんなんか?」

「それは・・・違いますけど・・・」

 本来はかなめとて快活なタイプだ。プレッシャーやら色んなものに圧し潰されているのは本来の姿ではない。

「ちょいと背負わせすぎやなあ・・・」

 この一族の悪い癖だ。まきなの祖父・輝道だって、ジョン・スイス以外にも様々な騎手や調教師に馬主、駆け出しホースマンに肩入れした。それは成功の一方、廃業に追い込んだことまである。この3週間ほどのかなめへの肩入れは、短期間でいきなり集中した分、彼女の精神にかなり負担を与えただろう。

「やっぱり、そうでしょうか・・・?」

 まきなもかなり厳しい追い込み方をした。見た目には八百長適用もおかしくなかった重賞での負傷降板は望みを繋いだとは言え、本当に傷つけたかも知れない。

「そこまでせな勝てらん騎手やからな。1か月で20勝近くさせるのは、よほどの騎手でないと土台無茶な話や。今回はまきなちゃんのコネとか本人も無理してやったけど、もしかしたらあのねえちゃん、来年は1勝もせんかも知れんぞ?」

「ううう・・・」

 まきなは頭を抱えていた。友人を約束のゲートまで導くのだとばかり思っていた。しかし、それが必要以上にかなめを傷つけてきたのかと。

 話している間にも、ゲート入りが進んでいた。


 かなめの心も千々に乱れている。まきなとの仲直りのきっかけは、今思えばたまたまだ。所属厩舎のお隣さんの調教師からはしせんせいに誘われて乗った馬が桜牧場産だった。知らされずに乗って、新馬を勝った。減量がある以上、知らなかったとは言え桜牧場の馬質なら勝算は高い。師匠すら言いなりにして自分の家の馬に乗せて恩を売りたいのか。そう思って、まきなに反感を強くもした。自分に無いものは全部持っている同期を憎いと思った。

 しかし、この数か月、付き合っていてまきななりの苦労が理解できた。自分と同い年にして背負っているものが大きすぎるし、自分に無いものの半分は彼女が努力して積み上げたものだと思い知った。

「一方的に敵視してたから、気づきもしなかった。あんたの馬主さん、すごい人だよ」

 マリーナスワンの首に手を置く。まだ落ち着いてはいないが、持ち前の責任感から自分を律しようとしている。あの子の頑張りを無駄にしてはいけない。他の誰でもない、自分のために。

「負けられないんだ。絶対。力を貸して」

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