開幕!暮れのGⅠ戦線!

第175話

 15時10分。東京競馬場パドックにてジャパンカップ出走馬の馬体検分が始まっていた。出走馬の陣営関係者たちが最終チェックに勤しむ。

 シャーピングとリキュールを出す桜牧場の馬主・生産者代理として御蔵勝子が鵡川から出てきた。お供に牧場従業員の海原山南が付いている。

「奥様、府中は相変わらず街中ですなあ・・・こういうところをお台場って言うんですか?」

「お台場は海の方や」

 勝子がツッコミを入れる。高い建物があっても精々、4階建てマンションくらいの鵡川で生まれ育った海原からすれば、府中もお台場も同じである。馬の方はどないなん、と言われて改めてそちらに頭を向ける。

「いやあ、オコメもオサケもようなった感じです。これで最後ですから、期待したいですよねえ」

 オコメはシャーピングの幼名で、オサケはリキュールの幼名だ。それぞれ、ライスワインとカクテルドレスという母の出なため、そう呼ばれている。その母たちはさらにその母の代で姉妹なのでまたいとこ同士だ。

「うちの人が最後に競馬場で応援できたのが、3歳時、函館記念のシャーピングやったわねえ」

 春クラシックに出られなかったため、少し休んで牧場から近い函館競馬場のGⅢ函館記念に出走した。そこで2着に粘り、収得賞金を稼いで秋華賞へつなげたのだ。

「倉門調教師せんせいは本当に漢ですからなあ。函館なら奥様と先代も一緒に来れませんかと言ってくれた・・・」

 そのシャーピング陣営の指揮官が他に気になる馬がいると勝子に注進しに来た。

「御蔵さん、やっぱりジャパンカップですよ!相手がすごい!」

「倉門先生。どこの馬がすごいんですの?」

 倉門正。栗東で堅実な地位を築いてきた50絡みのまだ若い男だ。

「そりゃあ、カタールの殿下の馬もすごけりゃあ、ユングフラウが連れてきたドイツのも!今年は本当に参加国が多いんですからね!」

 アメリカ、イギリス、ドイツ、カタール、カナダ、インドなど、この時期、極東の日本に6か国+日本の7か国。騎手も合わせればフランスも合わせ8か国もの参加国で国際重賞。これほどの陣容のジャパンカップは実に1990年代にまでさかのぼれる。

「お役人の人たちが頑張ったのねえ」

「その中で最も怖いのがフランスのジャンヌ騎手です。騎乗はアメリカの馬ですが、フランスを拠点に走っており、もう手の内。サンデーサイレンス父のヘイロー近親で日本の芝も合うでしょうし、父はベルモントステークス馬。中長距離は十分こなせます」

 6歳馬のアスタロトは、最近の調教でかなりの好時計を連発。直前の追い切りで栗東の坂路最速タイとなる一番時計も出していた。

「本番前に調子が良かったとしても、本番はどうなるかという話です。でも、あの娘っ子にその懸念が当たるか否か?」

 恐ろしく時間をかけ、繊細に馬の様子を見ていると聞いている。目線の配り方一つとっても、一騎手、それも昨日今日で騎手になったような若者にできる管理ではないと感じた。

「あれは強敵ですよ・・・」

 思わず目を見開いている倉門師に、勝子もそんなに?という言葉を思わず飲み込んでしまった。

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