第162話

 同期組3人は唐橋厩舎に突撃した。

「先生!年明けのフィエルテは騎乗キャンセルで!」

「はぁ!?」

 突然、弟子で馬主という、何ともな立場にある御蔵まきなにこれまた何とも言えない要求を突き付けられた唐橋調教師は仰天した。

「まきな、あんたマジか・・・」

「ナンボなんでもそれはなあ・・・」

 焚きつけたとは言え、本気で自分の乗鞍を同期に割くとは思わなかった霧生かなめ。気前の良さに驚く担当調教助手・弥刀。両者、引いている。服部隼人に至っては、

「唐橋先生、ちょっと御蔵の奴、熱発で頭が!」

 必死で無かったことにしようとフォローを始めた。

「待て待て待て!落ち着け!」

 唐橋師は両手を振って全員に落ち着けとアピールする。そして、まきなに問いただす。

「話が見えんぞ!フィエルテからなんでお前が降りる!?後任は誰にするんや!?」

 ここで話題のフィエルテとは、年明け3歳の唐橋厩舎期待の牡馬新馬だ。芦毛牝馬以外となると積極的に出していた輝道とは違って、まきなは自身が重視する素質が見えれば芦毛でなくとも、牡馬でも積極的に手元に残すことにしていた。その素質であるいはクロカゼ以上と見込んだのがフィエルテだった。

「その馬の後任は誰なんや!霧生ちゃんか?」

「違います、服部くんです」

「いやいやいや!」

 唐橋師は頭を抱えた。

「おい、御蔵・・・」

 服部も眉間を抑えてまきなを窘める。

「僕のためにありがたいけど、先生を困らせるなよ。そういうのは、横暴っていうんだ」

 気持ちはありがたい。しかし、話を聞いているとどうにもかなりの期待馬のようだ。少なくとも、おいそれとありがとうの一言で跨がれる馬ではないらしい。師の反応が物語っている。

「・・・私、そんなに無責任なことしてると思う?」

「ちょっと、ねえ?」

 水を向けられたかなめも首を振ったところで、まきなはちゃんと説明するつもりになったらしい。

「うん、そうだね。言葉が足りなさ過ぎました。先生、ごめんなさい」

「ああ、うん・・・」

 唐橋師もどうにか平静を取り戻しつつある。弥刀が尋ねた。

「でなあ、まきな。なんで、服部の坊主がええの?別に復帰したお祝いとかやないんやろ?」

「うん。最近、ずっと服部くんの様子を見てたんだ」

「え?」

 服部はびっくりしたようにまきなを見た。まきなは気にせず続ける。

「フィエルテは牧場にいたころから、気のうるさいところがあって。たっちゃん・・・担当の子がいつも落ち着かせるのに苦労してたって話、覚えてますか?」

「ああ、ここでも弥刀すら受け付けん。まきなの鞍しか乗せんからな」

 そんな馬だから、師はまきなが乗るものだとばかり思っていた。彼女にもしものことがあればいくらでもデビューは繰り下げるつもりだ。

「でも、それじゃダメだと思う」

 まきなは自分さえいれば桜牧場の難しい馬は大丈夫、という現状を変えてしまいたかった。彼女なりの生産者、馬主としての考えから、1人に鞍が集中するのはマズいと判断していた。

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