第163話

「でも、それがどうして服部君にフィエルテを渡すという判断になる?」

 唐橋師は首を傾げる。厩舎で声をかけられる騎手で他にも優秀な騎手はいる。御蔵家の伝手だってあるはずだ。

「性格的なところです」

「性格」

 師は腑に落ちない顔でそのまま返す。人馬の性格で騎手と馬の組み合わせを考えるなど、そうは無い。相性が悪いなら交代と言っても本当に余程の場合だ。

「フィエルテの性格は、気分屋です。後、とてもわがまま。何か気に入らないことがあると、その場から半日も動かなかったこともあるほどの・・・」

 普段は競技馬担当で、その世代はたまたまフィエルテ1頭だけ馴致を任されていた蔵王龍灯。どんな気性難でも大抵の馬は難なく扱う彼女をして、こんな酷い馬は初めて見る、と言わしめた。御蔵まきなはそんなフィエルテを甲斐甲斐しく世話し、信頼を得たわけだが、

「服部くんなら、もっとすんなり行けると思う」

「何を根拠に!?」

 その服部隼人が声を上げる。いったい、彼女は自分の何を見たのだと言うのか?

「元から誠実な人だったけど、よりその傾向が強くなってる。良いことは良い、悪いことは悪いってちゃんと言える。その上で、人に寄り添える人なの。フィエルテには、そういうのが大事なんだと思う」

「御蔵、お前」

 そんなにか、とつぶやく服部。自分をそこまで評価してくれている同期に、軽く感動するが、

「でも、僕はそんなにすごい人間じゃないよ。買い被り過ぎだ」

「そうかもね。でも、まきなより人間出来てる」

 かなめもまきなの服部隼人評に納得している。弥刀も自分が聞いている話から、外れていない評価だと思った。だが、唐橋師は服部を良く知らない。

「人柄もそりゃあ、馬は生きモンや。性格悪い奴に乗られたい馬はおらんやろけど、競馬は勝負事やで?馬を御せるんと性格がええってのは・・・?」

 違うんじゃないか、という師に、まきなは持論を続ける。

「確かに、御せるかどうか?それは大事です。でも、信頼関係が結べるか否かは、馬事においてもっと尊い才能のはずです」

 過去のGⅠ馬でも、乗り手を嫌うばかりに振り落とすような馬もいた。まきなはフィエルテをその類の馬だと数年の間に感じ取っている。確かに自分ならフィエルテとも付き合っていけるだろう。それだけの関係ではある。では、自分が倒れたら?彼は代理の騎手にどう当たるだろうか?

「服部くんなら、フィエルテと上手くやってくれます。私はその予備でいいと思う」

 それがベストだと、彼女は信じていた。

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