第161話

 やって来た週末の競馬開催日、霧生かなめは首尾よく4勝を挙げることができた。あと12勝。まだ遠いが、残り4日間と交流重賞もある。厳しいことには代わり無いが。

 それよりも怖いのがフランスのジャンヌ・ルシェリットとドイツのユングフラウ・ドーベンだ。1日3鞍程度の騎乗数でも全部勝っていくような勢いで勝っている。

「一緒になるレースがあったら計算狂いまくりよね・・・」

 彼女らはジャパンカップに合わせて関東をメインにしたらしく、かなめからすれば特定曜日の調教以外で会うことはない。


 その次の週、御蔵まきなが復帰した。

「と言っても、リハビリで12月までレースはお預けだって・・・」

 痛めた箇所の炎症が引いただけなので、油断するなと主治医から釘を刺されていた。

「当たり前でしょ」

 ツッコミを入れるかなめはそれでも、優しくまきなの背中をさする。

「あ、ソコソコ」

 何かツボを突いたらしい。なんとも気の抜けた様子に、復帰の手続きに来ていた服部隼人が一言。

「カピバラか何かかな?」

「そんなに可愛くないよー」

「なんであたしまで!」

 まんざらでもないまきな、明らかに不服なかなめだ。プリプリしながら、気を取り直して提案する。

「隼人、ウチにも顔出しなさいよ。まきなもいるんだから唐橋厩舎にも挨拶できるわ」

「そうだね!先生にはしっかりお願いするから!」

 まきなの「お願い」というのは、通常、一騎手と調教師の力関係にあり得ない威力を誇る。うんうん、と頷くかなめに、服部が慌てて断る。

「いや、いいよ!第一、御蔵の馬が減るだろ!?」

「その分、外への営業を頑張ればいいんだし」

 事もなげに言うが、その営業が上手く行かないから問題なのだ。良質な馬の供給元、という看板を背負って営業に歩くまきなには成功が約束されているが。

「人が心配してるのに、そんな楽に言われてもなあ・・・」

「馬鹿ね、いいよって言ってるんだから。有難くもらっときなさいよ?」

 渋る服部に、かなめが焚きつける。

「おっ、同期軍団!やっとるな?」

 声をかけて来たのは唐橋厩舎の大番頭、調教師の娘で調教助手・弥刀だ。

「弥刀さん」

「今から、厩舎行こうとしてたのよ。先生はご滞在なの?」

「ん?お父ちゃんに用なんか?何の?」

 まきなとかなめは弥刀に事情を説明した。弥刀は2人を見て、ため息を吐く。

「マジかい。まきなならまあ言うかと思ったけど、かなめもかあ・・・」

「弥刀さん、服部くんは絶対やるから!」

「そうそう!学校から、こいつの手綱さばきはすごかったわよ!?」

 何故、あんたらが熱心に売り込んどるんや・・・と言う顔で2人を見て、最後に一言。

「ここんとこ、似てきたなあ?あんたら」

「いやいやいや!」

「そうでしょ?」

 勢いの良いかなめの否定と少し遅れたまきなの肯定の声が重なった。

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