第160話

 アラブの大富豪で宗教指導者ハダ・カーン殿下。今年、彼は去年のキングジョージを最後に故障引退したウィンターキングの全弟を擁して来日していた。

「ウィンターはイギリスの王だったが、ならばプリンスオブシリアはイギリス以外の全部を手中にする王だ」

 オーストラリアでGⅠコーフィールドカップを取った余勢を駆ってきたように、体調は良い。オーストラリアで大一番のGⅠコックスプレート参戦や参入ハードルの低い香港遠征にせず、不便な日本遠征を敢行したのは、去年のジャミトンとベイカーランの対決、その余韻と今年の女性騎手たちの集結によるPR効果の高さに着目したからだ。

「今年は完膚なきまでの勝利を願いたいのだ」

「なかなか、難しい注文をなさるものだ、殿下は」

 プリンスオブシリアの鞍上には世界的名手として君臨し、兄の主戦でもあったヴァルケ・ローランを配した。腕だけでなく、ジャパンカップも4勝と相性が良い。

「プリンスの様子はどうかね?」

 彼が万全で臨んだ戦いに敗けはない。わざわざ極東で連戦させる以上、殿下にとって負けられない一戦だ。調子は気になる。

「絶好調です」

「何よりだ」

 プリンスオブシリアはコーフィールドカップがGⅠ初制覇の4歳馬だ。晩成ぎみで中長距離が向くのは兄そっくりで、期待は高い。しかも欧州の重賞メインに7戦して未だ無敗というのは、かなり慎重に的確なレースを使われてきた結果だ。

「ただ、今年のジャパンカップは怖いのが多くなったな?」

 カーンの懸念は第一にユングフラウ・ドーベンにあった。ロマン主義だが、基本的には勝てる戦いを挑む女だ。自家生産の5歳馬カイザープロイセンはユングフラウ騎乗でドイツダービーとフランスダービーを勝っている。スタミナとスピードにも優れ、母の父にトニービンを持つため、府中コースへの適応力もあると見られている。

「フラウと言えば、フランスのラ・ピュセルも完全に化けましたな」

 去年、ヴァルケとジャパンカップを分け合った宿敵は今年の凱旋門賞を制覇したジャンヌ・ルシェリット。お得意の馬群に構えての直線強襲は分かっていて尚、防ぎ難い。

「スイスは御蔵の馬で出るそうだな?」

 スイスのお手馬シャーピングも繁殖に上がることを考え、ジャパンカップに向かう意向が御蔵まきなの中で強くなっている。ただし、カーンの関心はそのまきなの方にある。

「御蔵の娘・・・マイラーを2400に使ってくるのか」

「前週にマイルGⅠがあるにも関わらず、です」

 去年の香港マイルが主な勝ち鞍に挙がるシャーピング。春はGⅡマイラーズカップからヴィクトリアマイルを2着敗退、休養。秋になってGⅡ京都大賞典から天皇賞(秋)で3着とローテーションを歩んでいる。春はともかく、秋は明確に中距離以上を見据えたものだった。

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