第157話

 そのまま、宴会は二次会に移行した。まだ19時半なので、明日が火曜日で朝が早くとも大丈夫だ。22時までには家にいる計画である。

 そうしてやって来たカラオケ店の個室で、ユングフラウ・ドーベンは特に請われて1番手で歌う羽目になった。

『カラオケは聞いたことあるけど、そもそも日本の歌なんてわからないわよ・・・?』

 そうして歌ったのは、キーワード検索で上位に出たドイツ国歌だった。

「何言ってるのかわからねえけど、上手いのはわかる」

「モニターに訳載ってるよ!」

「綺麗な声よね」

 何か鳴り物を使って囃し立てるよりもゆったり聞ける上手さなので、ドイツのトップジョッキーの美声を堪能した。

「じゃあ次!年功序列で佐藤先輩!」

「俺かよ・・・歌下手なんだよ」

 彼の場合は下手というより、得意なジャンルが異常に偏っているのだが。そこに御蔵まきなが助け船を出した。

「先輩、是非!海外のお二人に日本の心を披露してください!」

「日本の心ったって」

 そうして選んだのは最近、ビジュアルで売っている若手演歌歌手が歌ったことで話題になった歌だった。演歌だ。

「こぶし、って言うの?」

「めちゃくちゃ利いてるよな・・・」

「御蔵、よく先輩が演歌が得意って知ってたな?」

「弥刀さんから聞いたの」

 唐橋厩舎の調教助手は姉御肌。栗東にいる若手厩務員のリーダー格だ。いろんな情報が集まって来るらしい。

『やるじゃない、慶太郎』

「すごいです!」

 演歌まで行くと良くわからないが、それでも気合を入れて歌ったことは理解できた海外組も佐藤を褒める。

「久々に演歌なんて歌ったよ」

「最近はずっと海外で、カラオケなんて機会も無かったでしょう?」

 まきなが次は主役の番、と霧生かなめの曲を入力し、佐藤の隣にやってきた。海外の話を聞きたいらしい。

「ディアヌ賞制覇、おめでとうございました」

「あ、うん。まあね」

「ジャンヌさんは凱旋門賞!すごいわ!」

「う、馬が。良かったから」

『ねえ、私は?』

『ユングフラウさんはいくつも勝ってるじゃないですか?』

『言うわね』

 ユングフラウはまきなの方を見て、ぽつりと一言。

『どこまで、あなたの狙いなのかしらね?』

 敢えて訛りの強いドイツ語のため、誰にもわからない。

「どうしたんですか?」

「何でもないわよ」

 ユングフラウはまきなが今回の主催した狙いを、同期たちとの交流を通して、ジャンヌや自分自身にリフレッシュをさせてやろうと思ってのことだと感じている。どこにその義理があるのかわからないが、ジャンヌからすれば先輩格とは言えるし、自身と同年代の騎手がいるとなれば刺激にもなるだろう。

『ありがたいけれど、ね?』

 お節介が好きな子なのね、と思うことにしたユングフラウだった。

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