第150話

 奈良原浩二と西藤竹次がただ先導役に甘んじさせてしまった相棒に奮起を促しつつも退がって行くのを横目に、霧生かなめは馬群を外から追い抜いていく。その様子を見て、1頭、併せてきた馬がいた。

「Oh!誰だい、君?」

 数年前からJRAの一員となっているスイス生まれの外人騎手、ジョン・スイス。彼の3歳牡馬タイノフォーミュラはこの夏、JpnⅠのジャパンダートダービーで3歳ダート最強の称号を得ている。一瞬のキレはそれほどでもなくとも、長く良い脚を使える彼はロングスパートで勝ってきた。

「ダートの新王者、一足早く王座をもらっておくのも悪くはないよね」

 芝ばかりの欧州が主戦場だったジョンにダートの経験があるわけはなく、来日当初は非常に苦手分野だったが、日本で乗るようになって面白いコースだと感心していた。砂圧が色々あり、競馬場ごとに全然違うのだ。

「ジョン・スイス・・・!」

「いやね、ちょっとはこっちを向こうよ?」

 異常に熟達した日本語を操る外人騎手の抗議を無視し、かなめは前だけを目指す。具体的には、12月7日の阪神ジュベナイルフィリーズに向けて。ここを勝てば、出走へのゲートは近づくのだ。

 先頭には武豊家の2頭。チャンピオンズカップを見据えて走るため、如何に力を使わずに勝てるか、機を窺っている。隙はそこにあるはずだ。


「かなちゃん!」

 救護室で唐橋師とモニターにて観戦する御蔵まきなは、いけ!そこだ!とジェスチャーする度に背中の痛みでうめき声をあげる。

「うへぇ・・・」

「まきな・・・もうそろそろ、病院行かんか?」

「嫌ですよ!せめて、かなちゃんとハクを近いところで応援しなきゃ!」

「そうは言うが、そろそろナースと先生方のお邪魔にやな」

「いいんですよ、唐橋調教師センセイ

 人の好さそうな五十絡みの医師が手を振る。日高生まれ日高育ち、北海道大学出身という筋金入り道産子医師の松前医師だ。今日の救護室の当番医師でまきなの応急処置をした。彼がまあいいでしょうと言ったために、まきなの「競馬場内で応援したい」というわがままは通っている。

「乗れなかった馬に同期が乗って頑張ってるんです・・・フム」

「どうしました、松前先生?」

「いやね、車いすを用意しようかと思いまして」

 松前医師はモニターを見つめ、眼鏡を輝かせた。

「こうなったら、是非とも感動の場面を演出してしまいましょう。彼女は生産者ですし」


 画面の中ではレースはもう残り600m程となっていた。

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