第137話
このクラスのレースには珍しく、最近は騎乗依頼を絞りがちな十六夜頼三も騎乗している。このクラスだと馬がどうより、騎手の名前が人気につながるため、1番人気馬に騎乗となる。
「桜牧場のおぼっこか」
のほほんとした未デビュー馬のアルトリカルは門別で有名ではあった。クズ馬を残すことの少ない桜牧場が、葦毛牝馬とて明らかに資質の劣る彼女を残したことは先代、御蔵輝道の死と相まって桜牧場の凋落を予感させた。だが、むしろ調子そのものは上がっている。
「あまり余裕のある牧場じゃないと思ったべが」
日高のセレクトセールでクロカゼという評判馬がドイツの馬主に3億で買われたらしいが、それすら各所の借金返済に消えたはずだ。
「お友達人事に時間のかかる馬を抱える・・・輝道さんは絶対にしなかったことだべ」
十六夜はこの点だけで言えば、御蔵を継いだまきなに失望すらしていた。お目付け役に祖母の勝子がいてすらこれでは・・・と尊敬する牧場長の後継者の不出来を嘆いている。
一方、桜牧場産、有力馬主とは言え鞍上が門別初戦のアルトリカルは嫌われ、6番人気。しかし、その背にまたがった霧生かなめは感動していた。
「柔らかいな!?」
鞍越しに全く違和感を感じさせないその背中に、3歳秋の遅い時期までデビューの遅れた馬かと驚いている。乗り味が良いという奴で、牧場にいるときから柔軟性だけは評価されていた。ゲート入りしてからもその柔軟さはいかんなく発揮されて・・・
「あっ、こら!」
アルトリカルが屈んでゲートから脱走しようとしている。こうなっては止めても無駄なので、かなめはゲートの仕切りに手をついて馬から離れる。それを尻目にポンっとゲートを抜け出した騎乗馬の方は、すっきりした、と言わんばかりにゲートの方を振り返り、なんで出てこないの?という顔をしている。呆然としている内に厩務員に捕まり、かなめの方に連れてこられる。
「アンタねえ・・・」
暴れたというより、レースがどう行われるのか理解していないような様子の相棒に、かなめは呆れていた。ゲート試験や能力試験は一発で合格したと聞いていたからだ。
「次は頼むわよ?1鞍逃すのもきついんだからね?」
そう言って鼻っ面をポンと叩くと、もう一度騎乗した。次は抜け出すこともなく、きちんとゲートが開くのを待って発馬していった。
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