第136話

 鵡川及び日高で馬の神様と言えば、御蔵輝道だ。GⅠ馬を何頭も生産し、門別では生産者・馬主それぞれで重賞100勝を成し遂げている。その孫、まきなもまた、自分名義になって生産者・馬主としてこの2年、門別重賞10勝を稼いでいる。門別競馬場関係者は輝道の最盛期を見ているかのような気分で桜牧場産の馬の快進撃を見守っていた。

「そんな女神サマが見込んだ、新人の姉ちゃん、ね」

 十六夜は馬の背で独りごちる。自身も御蔵の馬で散々いい思いを・・・そもそも、親のつながりでデビュー前から牧童にしてもらうなど先代の御蔵夫妻には世話になってきた。

「本当は、俺が親切にしてやるべきなんだ。あの一族に関わる心構えなり、幸運なりを説いて聞かせねばなんねえべ」

 でも、彼は憎まれ役になることを選んだ。この門別から弾き出すこともいとわない。なぜなら、

「10年もやって苦しんで得た機会ならわかる。2年目では潰れてしまうべ」

 自分も新人でいきなりリーディング首位に食い込んだことで調子に乗った。師匠にも迷惑をかけることが少なくなかった。夫妻の期待を何度も裏切った。

「有力馬主の同期ってだけで得た勝ちは、お前さんを狂わせる・・・!」

 若い娘に無用な失敗をさせないため、そして己の権力や能力をきちんと示す。そのために十六夜頼三は外敵と定めた霧生かなめを力の限り押しのけることに決めていた。


 門別第1レースはC4級の6組。門別の古馬最下級と言えるレースなのだが、今日はこのレースに1頭、注目馬がいる。

「あれが御蔵さんとこの秘蔵っ子だべか」

 御蔵輝道健在なりしころの桜牧場が出した最晩年とも言える世代に、アルトリカルという牝馬がいる。現在3歳で、体が固まらなかったためにデビューが遅れて今に至る。世代3冠戦にも無縁なまま、この夏に入厩して今日がデビュー戦だ。

「なっちゃん(母がナッシングブレイズであることからの幼名)は態度は大物なんですけどねえ・・・」

 蔵王龍灯は知り合いのオーナーからかけられた声に応える。アルトリカルは体の発達が遅れたのみならず、性格までものほほんとしており、そのことも入厩をためらわせた一因だ。

「本当は扱くタイプの騎手が良いんだと思うんですが」

「馬のことわかっとる御蔵のお嬢様ならともかく、中央のお行儀のいいお姉さんではなあ・・・」

 今日、御蔵まきなの名義で走る馬を3頭、かなめに託している。桜牧場名義でも1頭。いずれも今日のためにわざわざ鞍を空けた馬だが、アルトリカルはそもそも鞍上が決まっていなかった。

「まきなちゃんが決めたことだから、勝算はあるんだろうけど・・・」

 障害競技選手兼、牧場の馴致部門スタッフである龍灯にとって桜牧場の生産馬は皆、教え子のようなもの。園田では良績を残したらしいが、門別初体験で生涯20勝に満たないような騎手、かなめに不安を抱いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る