第135話
霧生かなめの特別扱いは翌日の方が顕著であった。地方競馬では基本的に若手騎手にバレット(騎乗に関する世話役)は付いていないが、桜牧場から蔵王龍灯が派遣されていた。
「不慣れだからって、場長が・・・」
「うん、確かにそうなんだけどさあ」
かなめは非常に複雑な顔をしている。地方競馬において専属バレットを持つというのは、年間200勝300勝するような、勝ち鞍やそもそもの乗鞍自体が多い、有力騎手の象徴である。1日限定とはいえそれを持つのは、当地の有力・ヒラ問わず騎手の感情を逆なでしかねない。
「龍灯ちゃん、十六夜さんがお怒りだべさ」
門別ではベテランの高野騎手が牧場関係者としての彼女に挨拶がてら、門別を代表する騎手の機嫌の悪さを伝えて来た。
「・・・ですよねえ?」
かなめが頷くと、高野も苦笑いしながら彼女を慰める。
「表立っては言わんが、御蔵さんにも腹を立ててるらしいべ。海外でGⅠ取ったから、調子乗ってるんだべってな。あのお嬢さんにそんなのないだろうになあ」
高野からすれば、まきなの祖父輝道からの付き合いだ。他人にも身内にも甘い彼女のこと、同じ釜の飯を食った同期のために最高の環境を整えるだろうことは想像に難くない。
「ただまあ、十六夜さんがあからさまに腹立ててるから周りが冷静になるという面もあるんだべ。こうなったら実力を示す他ないな?」
高野はバンバンとかなめの肩を叩いている。確かに、十六夜以外の騎手からはむしろ、気の毒な者を見るような目で見られている。それは多分に十六夜が当地の有力騎手として持つ利点にあった。
「もし競り合ったら、譲るしかないよね・・・」
門別だけでなく、地方の競馬場はほとんどが小回りのコーナー、各直線も短い。つまり、先頭を走る馬は脚を溜めやすく、後ろにいる馬からすれば脚が伸びない。逃げが圧倒的に有利だ。自然、先頭をめぐる争いは激しい。もちろん、力の抜けた馬が当然に前に立つことは多いが、後ろに付けて前を急かしたり、無理を承知で先頭に競りかける騎手もいる。
「大丈夫ですよ、霧生さん!」
龍灯は不安と緊張から顔の曇ったかなめの背中を叩いて元気づけている。
「大丈夫ったってね・・・」
「馬の神様に愛されてる
「馬の神様ぁ?」
突拍子もない話だ。確かに、御蔵まきなは馬から異常に好かれている女だけれど。
「ええ、ウチの場長は間違いなく、馬の神様に愛されてます。そんな人に出ろって言われてるんです。勝てない道理が無いんですよ」
龍灯はそう言って胸を張る。そうしている内に、騎乗命令がかかった。
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