第138話

 好スタートを決めた十六夜頼三が逃げたこのレースは1000m、走破タイムは1分2秒ほどという短さだ。向こう正面から発馬して、300m走って3,4コーナーを回ればすぐに直線という忙しさ。のんびり屋のアルトリカルは発馬はほどほどに、その後も促されることなく馬群の真ん中、5番手でコーナーに入っていく。

「行くわよ!」

 ここでいきなり追い出したかなめのムチに応え、アルトリカルはピッチを上げる。通常はコーナーから速度を上げるのはご法度だ。門別だけでなく地方競馬場のコーナーはほぼ小回りなため、そもそも速度が上がらない。それでもアルトリカルの脚の回転数は上がっていく。1頭2頭と抜いていき、直線入り口には十六夜の1番人気馬を射程に捉えていた。

「よし、成功!」

 かなめはアルトリカルの柔軟性だけは、という評価を先ほどのゲート脱走で確かなものとして感じていた。あれほどグネグネ動いて脱走できる柔軟な馬なら、脚運び次第でコーナーに張り付いてなお、速度を上げることもできるだろうと踏んだのだ。

 スタンドの歓声に、何か対抗馬が来たのかと後ろを見た。その目に映り込んだのは、赤い帽子の葦毛。

「霧生・・・!」

 呑気過ぎてレースにもならないと見放していたアルトリカルが、どうやってか馬群を抜けて来たのだ。慌てて追い出すが直線残り200mであっさり追いつかれる。

「いつの間に・・・いつの間に来たんだ!?」

「いつの間に?馬も人も、時間さえあれば成長するんですよ!」

 並ぶ間もなく、追い抜いた。そのまま、3馬身差をつけてゴールに駆け込む。


「御見それしました!」

「え、は?」

 検量室に引き上げて来たかなめに、蔵王龍灯が縋りついてきた。何やら反省の言葉を述べているが、かなめにはとんと見当がつかない。

「私、馬はのんびり屋だし騎手も門別初戦だしって・・・今回はレースを覚えてもらうだけだなって思ってたんです」

 龍灯は恐縮しきりとばかりに反省の弁を述べている。

調教師せんせいもそんな感じで・・・せっかく栗東から来ていただいた人にそんなこと思ってて!」

「ああ、そうだよねえ・・・」

 所詮は小娘、しかもまだホームでの騎乗数すら伴っていない若手。いきなり地方に来て活躍できるのは2度もないだろうに。

「やっぱりまきなちゃんの見立ては間違ってなかった!クラでGⅠ取る人なんだ!」

「いやあの、蔵王さん落ち着いて・・・」

 自分の手を握ったままぶんぶんと振りまくる龍灯に、かなめはたじたじになっていた。

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