第127話

 園田競馬場を再訪した夜、霧生かなめは園田競馬場の調整ルームにいた。園田競馬に騎乗するため、体重などの最終調整をする目的に入室する隔離会場だ。彼女はそこで先輩騎手たちの歓待を受けていた。

「あの時の子かあ…立派になったんやなあ…」

 園田の主、今年還暦の玄理治騎手が孫のように横に置いて、手放さない。5年前には園田にいた他の騎手たちも、ぞろぞろと顔を見に来る。

「玄理さん、そろそろ放してやってよ!」

 リーディングの芳川秀樹が若い子に夜更かしさせるなと抗議をし、かなめは布団に入ったが、興奮冷めやらない。園田競馬場は、人生で初めて触れた夢の舞台だ。

「フランシアの弟!」

 少なくとも、同じ母から生まれた正真正銘の姉弟で、大事な新馬戦だ。顔を押さえて布団を転げ回る彼女を、どう責められようか?


 そして、興奮したまま、朝を迎えた。朝一番に、河野調教師が手配した馬で古馬一般戦に騎乗する。

「ちょっと待ち、寝たんか姉ちゃん?」

「実は…」

 かなめは寝るに寝られなかった昨夜の興奮を掻い摘んで語った。

「仕方ないなあ…」

「それだけ、園田で乗ることを楽しみにしてくれたと言うことだ。仕方ない」

 陣営首脳のオーナーと調教師は好意的に取ってくれたが、これで負けたら確かに申し訳ない。かなめは憧れは憧れ、勝負は勝負だと気を引き締める。

「まず、1勝を追う…!」

 そうして迎えた第1レース、C2クラス三組。古馬で一番下のCランクでもさらに下から2番目のクラスだ。

《本日の園田競馬場、注目は中央競馬、栗東の国木田厩舎所属の霧生かなめ騎手ですね!》

《ええ。急遽、身元引き受けを買って出た河野調教師によると、中学時代からの園田ファンで、かつて河野厩舎で活躍したリリックフランシアのファンだとか》

《今日はその弟、注目の新馬・ビビッドバレンシアがなんと、霧生騎手で出走です》

《これはおもしろいですねえ…!》

 この日初めてのレース、かなめの馬はグラインダーと言う、2枠2番の馬だ。10頭中で4番人気。そこまで行けそうな感じではない。

「どうするんやろな?」

 なぜか、かなめのバレット的なポジションに金子学が付いている。あり得ない事態だが、同期の御蔵まきなが送り込んだ。守ってあげて!と言うことらしい。

「過保護やの…」

 そうは言いながらも引き受けたのは、まきなの行動に危うさを覚えたからだ。

「お嬢のやることがアレ過ぎて、この姉ちゃん、潰されかねんし」


 金子も還暦間近だ。孫ほど年の離れた若手がかわいいのだった。

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