第126話

 リリックフランシアの甥、ビビッドクラウンは園田リーディングジョッキー芳川騎手を背に、単騎逃げきり勝ち。細田オーナーも上機嫌だ。

「いやあ、クラウンもC1クラスは楽勝でしたね、次はBクラス!先生!重賞も近いですか?」

「そうですね、まだ上は行けるでっしゃろ!」

 御蔵まきなと霧生かなめは芳川騎手に引き合わされた。

「中央で活躍してて、オーナーブリーダーでもある…日本のユングフラウかな?」

「私なんて、まだまだですよ…」

 芳川騎手、園田の浪川厩舎所属の芳川英機はまだ33歳と中堅に入り始めたくらいだ。それなりに男振りも良い。

「芳川さんだ…!」

 園田で地方競馬400勝の大記録を3年前に達成した、押しも押されぬ園田を代表する看板騎手。間近で見るどころか、話ができるなんて!

「霧生騎手…?え、もしかして、パドックでリリックフランシアの横断幕広げてませんでした?」

「えっ!?」

 部活の代わりにリリックフランシアのファンクラブに入ったが、まだ子供ということでかわいがられ、出走時には彼女の横断幕を広げていたのはいつもかなめだ。

「あの横断幕、かわいかったよね!」

「あ、え、あの」

 若気の至りで、少女の感性をもってデザインに口出しした横断幕は、かなり異質だった。かなめ自身にもその自覚はある。

「ふざけてたんじゃないんです、中学生だったんで、やり過ぎたと言うか…?」

「あの時は、若い子がいる!ってんで、騎手内で盛り上がったよ。嬉しかったね」

 当時、園田はまだまだ観客が減り続ける最中で、トップジョッキーは中央へ相次いで出ていく状況。リリックフランシアが重賞を連勝しようが、園田の中で地方馬が強いだけだ。外向きには盛り上がらなかった。そんな中、現れたのが霧生かなめで、彼女の声援、尊敬の眼差しは騎手たちに活力を与えていた。

「本当に、嬉しかったんだ」

「芳川さん…」

「周りにもあの少女が騎手として帰ってきたことを伝えていいか?」

「は、はい!」


 芳川が次のレースのために離れていった後、後ろで話を聞いていた細田オーナーと河野調教師が発表した。

「合格だ!」

「えっ!?」

「君を起用してみたくなったよ。園田で育った娘が中央騎手として園田参戦!乗るのは憧れのリリックフランシアの弟!これはニュースになる!」

 細田オーナーは小なりと言えど、関西を地場とする広告代理店の社長だった。

「リリックフランシアの5つ下に、ビビッドバレンシアってのがおる。明日、新馬やねんけど、騎手が落馬負傷や。代わりを探しとった」

「え…?」

「正式に、依頼しよう。今すぐ、河野厩舎で身元引き受けの手続きを済ませるんだ」

「かなちゃん、急ごう!」

 周りが色めき立つ中、かなめは1人、現実感がない。

「人生、変わるときはこんなんなのかな…」


 かなめの独白は、誰に届くでもなく消えていった。

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