第125話
園田競馬場の馬主席に到着したのは、13時過ぎ。6レース前の最後の準備運動、返し馬を行っている最中だった。
「門別はよく行くけど、園田は初めてだ!」
「ば、馬主席…本物だあ…」
御蔵まきなからすればいつも通されるべき勝手知ったる空間だが、霧生かなめは知らない空間だ。こないだの会員制喫茶店も場違いだったが…
「お?お前さんに馬を回してもええ言うとるオーナーと調教師の陣営がおるぞ。挨拶して来い」
「あのグレースーツの人ですか?わかりました!」
「あっ、ちょまきな!?」
かなめは手を引かれて行く。心の準備はまだ済んでいない。
「細田社長ですか?初めまして!」
「おや…ああ、御蔵騎手ですか。金子騎手から話は。で、そちらのお嬢さんが?」
「はい、ユングフラウのGⅠ取り阻止一番手、霧生かなめ騎手です!」
「ひ、ひゃい!」
とにかく、かなめは頭を下げる。
「はっはっは、そんなに固くならんでも。まあ、あっちの席に座りましょう」
彼らの陣営の馬が出走するので、とにかく観たいらしい。それは失礼、と言ってまきなもかなめを促し、それに従う。
「霧生騎手は、園田を観たことありますのん?」
「は、はい!学校帰りに、良く!」
実は、かなめの実家は伊丹市で、園田競馬場が位置する尼崎市を通って大阪市内の私立中学校に通っていた。通学で最寄りの園田駅を通るので、競馬に興味を持った中学2年生から暇さえあれば競馬場にいた。
「リリックフランシアが好きです!」
「おっ、ちゃんと見てるな?ね、河野さん!」
「河野さん?もしかして、河野利通調教師!?」
「ほうか、リリックのファンな…」
67戦19勝のキャリアを園田で過ごし、当地のほとんどの重賞にその名を刻む、数年前まで走っていた名牝だ。地方と中央の交流重賞、ダートグレード競走のGⅢ「兵庫ゴールドトロフィー」でも上位入着の常連、JRAの強豪相手に2着に食い込んだこともある。彼女の管理調教師が河野利通調教師だとかなめは知っていた。
「私、彼女の引退式、見てたんです!スタンドで!」
「中学生が筋金入りだな!」
紹介者のまきなをそっちのけで話に花が咲く。
「おい、先生。始まるぞ?」
「お、そうだそうだ」
「そう言えば、出走するのはどの馬ですか?」
「おう、あの青い6番だよ。リリックの甥でな。芳川の奴が乗ってる」
「芳川さんが…しかも、リリックの甥に!」
リリックフランシアの主戦騎手が芳川騎手だ。俄然、興奮してくるかなめだった。
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