第114話

 今年の菊花賞は、さながら牡牝統一の世代最強馬決定戦だ。京都淀3000mの未踏の距離において、牡馬2冠馬のスーパーファントムが牡馬の大将として、牝馬2冠馬ブーケトスガールを迎え撃つ。

「ホンマに来たぁぁぁ!」

 武豊尊はついに来たこの日に頭を抱える。前日までシミュレーションを繰り返したが、自分の知る限り、スーパーファントムがブーケトスガールの差し脚を跳ね返す余地はない。

「武豊さん、大丈夫なのかね…?」

 明らかに挙動不審、泡を食っている感のある4000勝ジョッキーにただならぬものを感じた『ファントム』冠名を使う風間オーナーが尋ねる。

「む、武者震いや、風間さん!」

 長く、一緒にやって来た盟友と言える程近い馬主だが、さすがに相手に降伏しつつある自分を見せるわけにもいかない。

「ならいいが…」

「それよりな、3冠インタビューに何て言うか、考えた方がええで!」

 武豊は、来るかどうか極めて怪しい未来を考えるようにオーナーを差し向けた。


 ブーケトスガールの馬主は雛田オーナー。馬主歴は地元の園田競馬で活動していたが、資産額が増えたため、中央競馬にも手を出した1頭目がブーケトスガールだ。

「いきなり、3冠の…牝馬としてはクリフジ以来の純粋クラシック3冠のチャンスか…」

 実は、秋華賞は正式なクラシック競走ではない。だから、変則3冠となる牡牝クラシック3競走制覇が牝馬では正式なクラシック3冠だが、非常に現実感がない。ただ、管理調教師からは戦前の状況から、当馬の他に強い馬がいないと言われ、大和騎手が状態を絶賛する愛馬だ。

「おじいちゃん!」

 ちゃっかりと来るべき3冠馬誕生に備え、妻や娘に孫も呼んでいた。

「割と、負けるわけにいかんのです」

「わかります」

 管理調教師は榊原という60絡みの冴えない男だが、毎年のようにGⅠを制する名伯楽だ。彼にも生まれて間もない孫がいる。

「大和くん、頼んだよ!?」

「は、はい…!」

 色々と、板挟みにある初老男性の悲哀をぶつけられた大和は、その後で雛田の孫娘に指切りさせられ、真剣に切羽詰まることになった。


 また、この男も実はいた。関東からもう1頭の牝馬で参戦、フルスロットルに騎乗の福留雄二だ。福留は降ろされていた間に、本馬は東京コースのGⅡフローラステークスでオークスの出走権をとるも、軽い故障で頓挫。夏に福留鞍上でGⅢ新潟記念を勝ってここに挑んできた。新潟で下した5歳馬が先日、東京のGⅡ毎日王冠を制したため、実は2番手以降で数頭、団子になった5番手として注目が集まっている。

「光成が秋華賞を取ったんだ、俺だって!」


 やる気は十分、馬も古馬に勝てるレベル。後は、実力と運が伴うかだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る