第115話
菊花賞、京都芝3000mの長丁場が始まった。3分以上に渡る戦いの火ぶたを切ったのは福留雄二だった。
「うおおおおおお!」
フルスロットルはその名前にふさわしく、初っ端からエンジン全開で先頭に躍り出る。ホームストレッチに入るころには10馬身程度のリードに広げていた。その直後の2番手に武豊尊のスーパーファントムがいる。
「あのアンちゃん…巧いやんけ?」
最初の600mほどを明らかに早いラップでトバしてハナを奪った福留。だが、坂の頂上に上り、最初の1000mまででしっかりと平均以下のタイムに落としている。差し馬のブーケトスガールに怯える武豊としては良い展開だ。
「あれはしかも牝馬じゃ、さすがにファントムでも抜ける。ここは行かしとけばええ、問題は後ろじゃ」
ブーケトスガールは馬群の真ん中、9頭目を進んでいる。武豊からすればかなり後ろにいるため、見える範囲にいないのが不気味だ。
「他に怖いのはまあ…あのつるぺたじゃのお」
「ヘックシュン!」
つるぺたこと武豊莉里子は思いっきりくしゃみをした。自分で思った以上に大きかったらしく、乗る馬や隣の騎手も驚いている。
「おい、武豊…」
中団の外側、莉里子の隣の位置を占めているのは大和進のブーケトスガールだ。
「レース中にくしゃみたあ、どういう了見だ、オイ!」
「仕方ないでしょ!突然、鼻がムズムズしたのよ!」
馬を御しながらでもギャアギャアうるさいのは、ある意味、彼らの力量を表している。無論、いい意味でだ。
「にしても、こんなとこでゆっくりしてていいの?福留君がトバしたけどなんか落ち着いて、おじ様の位置が結構有利よ?」
「問題ない。ブーケがいつもの形に持ち込めば勝てる力差じゃ」
「まあ、普通にやればそうよね」
「じゃあ、その普通が無かったとしたら、どうする?」
莉里子がいやー、と振り向いたところには日本所属の外人騎手、ジョン・スイスがいた。彼の馬は春クラシックには無縁で夏に古馬混合特別戦を勝ってここに来た。
「今から僕らはそれを起こしに行くんだ。一緒に来ないか?
「スイス!行くって…どこに!?」
「決まっとる。先頭やろ…」
大和はうっすらと冷や汗をかき始めていた。向こう正面、ちょうど発走地点からジョン・スイスと4番人気ヘルムートがリスタートした。
「俺はかき乱されて、どう変わるか見とく。お前はどうすんじゃ?」
積極的に動くスイスにあくまで自分の形を貫く大和。こういう時、莉里子は自分の直感に従う騎手だ。
「じゃあ、スイスについてこ!」
外も前も塞がれているので、敢えて一瞬遅れてもスイスに追従するのが勝機だと感じた莉里子。
競馬界きってのスマートな女性としてファンにも人気な彼女の騎手間での評判は、「食わせ者」だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます