第113話

 10分近い写真判定の末、1着が発表された。1着コーラルリーフ、2着ミラクルフォースは、わずか1センチのハナ差だったという。

「1センチならいいじゃない!?」

 最小単位は2センチだ!同着に!と叫んだのは負けた御蔵まきなだったが、

「くっ…!おっしゃああああああ!」

 初GⅠを決めた火浦光成は吠えた。そのままの勢いで管理調教師の高橋に抱き着いていく。その高橋調教師も、

「光成、お前、お前…!」

 言葉にならない様子で感極まっている。そんな様子をカメラが囲み、幾人かの記者が師弟にマイクを向ける。『うまドキ』紙の伊藤記者が尋ねる。

「師弟二人三脚、高橋師は来年度の3月で勇退が迫る中、おめでとうございます。競馬界の荒波に残していくお弟子さんがやっていくために、今度の結果はやはり、狙っておられましたか?」

 高橋師は愚問だとばかりに返した。

「光成なら、どんな問題に直面しても粉砕して進んでいくでしょう。GⅠは、確かに勲章ですが、有り無しで彼の価値が変わることはない」

 しかし、と師は続けた。

「確かに、私自身はこの数年、GⅠに無縁やった。晩年に名誉をくれた騎手馬に、任せてくださったオーナー、手足となって働いてくれた厩舎の仲間。コーラルリーフに関わる全ての人馬に、感謝です」

 また、代表オーナーの池田も、

「今日が駄目でも、火浦くんならいつかはGⅠも取れたでしょう。しかし、今日、彼は運すら味方につけてもぎ取った。彼と先生を信じてよかった」

 2人とも、結びは同じだった。

「彼の頑張りが今日この日を手繰り寄せた。本当にめでたい」

 それを聞いて、火浦は泣いた。


「申し訳ありません、喜多方さん」

 唐橋調教師がミラクルフォースのオーナーに敗者の弁を述べていた。

「ウチの子らは、仕事を仕上げました。1センチの差は、全て私の怠慢…」

 まきなはまだ、恨めしそうにコーラルリーフ陣営の方を見つめ、弥刀は仕方ないと彼女を慰めている。

「いや、いい。良いんだ、先生。これが競馬だろう。一瞬でも夢を見られた。10分間、勝利を確信していられた。今年も買った馬がいる」

 その馬を唐橋厩舎に預ければ、また同じようにまきなが乗ってくれるのかと、オーナーは唐橋に尋ねた。

「また、オーナーとまきなで夢を追いかけましょう…!」

 唐橋は即答した。競馬界としても、個人としても、積極的に動く馬主を応援してこそ、活性化につながると信じている。

「あの子の実家は牧場さんでしたか?彼女の家の馬も、いつかは欲しいものだ」


 そして、舞台は翌週の菊花賞へ。

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