第93話

 桜花賞の次の週は皐月賞だ。牡馬クラシック、「最も早い馬」を決める戦いにはフルゲート18頭が集い、鎬を削っていた。1番人気が…

《来たぞ来たぞ、1番人気!武豊が2年ぶりのクラシック制覇へ熱く燃えている!》

「がっはっは!前を開けい!」

 武豊尊の駆るスーパーファントムだ。第3コーナーを8番手で通過すると、手綱を扱きに扱いて、前に出ていく。3馬身前は先行馬4頭が密集した壁になっていたが、

「邪魔じゃあい!」

 一喝したせいか、それとも馬の気迫なのか、とにかく1頭分の道が開けた。そこに一気に突っ込んでいく。その後ろからは、

「尊さん!逃がしませんよ!」

「おう、来たな、色男!」

《さあ、大外からは桜花賞を制した大和が進んできた!》

 大外に回して出遅れていた3番人気、大和進のゴーイングリバティが迫ってくる。外の馬場がいいところを進んでいる分、脚色は優勢に見える。そして、その間、先行馬の中には、

「お、俺もいます!」

 珍しく制裁を食らって大一番での降板を余儀なくされた莉里子が2歳王者ピースフルを託したのは、福留雄二だった。そのピースフルはまだ脚色は鈍り切ってはいないが、距離が長いのか、口を割っていた。

「ああ、莉里子の馬か。騎手の方は…」

「福留ですよ。福留雄二。お前も来るか、福留!」

《さあ、皐月賞は残り300m!勝敗は3頭に絞られた!》

 特に脚色がいいのはゴーイングリバティ、先頭を進むのはピースフル。しかし…

《間を割ってスーパーファントム!弥生賞馬!今度こそ皐月賞をつかむか!?》

「うおおおおおおお!」

「がああああああああ!」

「ああああああああ!」


《スーパーファントムだ!強い!強い弥生賞馬が戴冠だ!鞍上武豊!2年ぶりのクラシック制覇です!》


 気合を乗せまくった分、尊の方が1馬身先んじたのだった。2着、ピースフル。3着ゴーイングリバティは脚色が優れていたが、大外を回した分のロスが最後まで響く形となった。


「「おっ疲れー!」」

 まきなと莉里子が肩を抱き合って乾杯している。当然、まだ未成年のまきなはグレープジュースだが。その対面席に座る福留は、まだ勝てなかった悔しさに囚われていた。

「おーおー、福やん!今日は私のピースフルを良くも負かしてくれたわね!」

 そんな福留に絡んで行く莉里子。まあ、距離など条件を考えても今日のみに絞って来たスーパーファントムの出来なら、例え莉里子が乗っていても勝てなかっただろうが、それは言わない約束だ。

「す、すいません…莉里子さん…」

「そうか、悔しいか?悔しい?」

「ええ、とても…」

「じゃあ、もっともっと上手くなりなさい!アナタ、まだ2年目でしょ?その内、また良い馬と会えるから、その時のために腕磨きなさい!」

 2歳馬はいいのがいるんだってね?と莉里子はまきなの方を見てウインクした。

「莉里子さん…俺、頑張ります!」

「おっ!その意気!」


 先輩に慰められる同期を見て、武豊一族は面倒見がいいんだなあ、と思うまきなであった。

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