第88話

「それでですね!弥刀さん!埋め合わせってこれですか!?」

 一通り、宴を楽しんだ後、伊藤が切り出す。飲み食いなら札幌でいいじゃないか、と言いたげだ。

「んー?ああ、伊藤さん!いたの!」

「いたの、じゃないですよ!いや、この席に呼ばれたのは光栄なことなんですけど、もう少し、こう・・・」

「はっはっはー、お主、いいところに目をつけたなあ・・・?」

 弥刀はだいぶ酔っている。キャラクターが崩壊していた。

「いいよねー、まきな?」

「え、カガヤキのことですか?」

「そうそう、伊藤さんならまだ信用できるでしょ?」

「そうですね、まだ記事にしないっていうことなら」

「じゃあ、馬房にご案内ー!」

「え、え?」


 なんだかよくわからないうちに、連れ込まれたのは、桜牧場の厩舎だった。1歳馬2歳馬たちが30頭ばかり、過ごしている。その中でも、照明に照らされ、ひと際まばゆく輝くのは純白の馬。

「カガヤキ、ちょっと大きくなったね!」

ブルル・・・

「たまげたな、こりゃあ・・・」

 まさか、白毛の馬を隠し持っていたとは。桜牧場は普段、めったに取材の類を受け付けていない、秘密主義なところがある。この1年、馬房まで入った記者は自分くらいなものだろう。そこで見たのが、この馬とは。

「白毛ですか、この馬?」

「そうですよ。私が取り上げたんです」

 カガヤキのハナを撫でながら、まきなが答える。

「しかもその子、オグリの姪の息子やで?」

「ええっ!?」

「オグリローマンの娘、シロイヒカリという馬の最後の子です。兄弟は全馬、中央で勝ち上がっています」

「ほほう・・・」

 思わぬ情報に、舌なめずりしだす伊藤である。

「デビューが決まったら、真っ先に連絡するから、それまで待っててくれない?」

 このままでは大阪に帰って真っ先に記事にしかねない伊藤を制すように、弥刀が言う。書いたら、出禁にするぞ、という眼だ。

「そんなあ!?」

「その代わり、生まれた時からの写真、たくさん流しますから、ね?」

 それでとりあえず整理はついたらしい。伊藤は絶対ですよ、と念を押して、馬房を後にした。

「で、どうするん?この子、お父ちゃんに預けるん?」

「多分、そうすると思うけど、関西には明智先生もいるからね・・・」

 明智秀伍調教師。クラシック通算6勝の名伯楽で、彼のところがシロイヒカリの子供を代々預かってきた厩舎であった。当然、カガヤキの誕生に際して、ラブコールを送っていた。

「まあ、好きにしたらええと思うよ。その馬は、まきなのなんやから」

「うん」


 おじいちゃんなら、誰に預けたのかな、と思うまきなであった。

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