第87話
日本に帰ってきたまきな。新千歳空港で彼女を出迎えたのは、大勢の見物客と大量のフラッシュだった。びっくりして思わず、弥刀と莉里子の後ろに隠れる。
「はーい、GⅠ勝ったばかりの娘っ子に手は出さない!取材なら、この武豊莉里子がいくらでも受けて立つから、道を開けなさい!」
「うちの騎手は神経質!騎手の目はアスリートの繊細なモンや!フラッシュはやめてください!」
しかし、記者たちの好奇の視線は、まきなの身にグサグサ突き刺さってくる。それなりに注目を浴びてきたつもりではあったが、100人近い報道陣に700人とも言われた見物客。まきなの知らない世界だった。しまいには、涙目になるまきなである。
「あー、大人げない!女の子泣かした!」
「うわ、ガチ泣き5秒前やん!こりゃあ、うまドキさんとこは頑張ってくれないと、今後は取材協力できへんなあ?」
懇意にしている新聞の名前を出して、協力を得ようとする弥刀。狙いの新聞社の記者は、すぐに前に進み出て、交渉を始めた。彼は名を、伊藤忠という。
「えー、ですから!私どもが撮ってきた極秘映像をお渡ししますからですね、ここはなにとぞ!でないと、今度からウチが厩舎取材できなくなっちゃう!」
競馬なにそれと言わんばかりの民放などの記者からはブーイングが起こったが、それでも、現地にまで行った記者はそう多くない。伊藤は、一躍報道各社に引っ張りだことなった。
「唐橋さん、恨みますよ!?」
「まあ、今日明日ぐらいで時間があれば桜牧場に来なよ?面白いもの見れるよ」
埋め合わせだけど、来ないとナシだからね、と弥刀は言い添えた。
その夜。
「カンパーイ!」
まきなの初GⅠ制覇おめでとうの会が、桜牧場スタッフ一同の手で行われた。GⅠ馬のオーナー、池田代表と惜しくも海外重賞を逃すも、ドバイは初出走記念で中田総帥も招かれている。池田代表はズブすぎて主取り、つまりセリで売れなかった馬がこうして海外GⅠを勝つ幸運に当たって浮かれている。中田総帥は悔しいが、それ以上にかわいがっている近所の子の栄達に涙を隠せないでいた。
莉里子や弥刀はまきなを囲んで、牧場の若い衆と語らっている。この場で割と浮いているのが、唐橋師と伊藤記者だった。
「お久しぶりですね、唐橋さん・・・今は先生ですか」
所在なさげにしている二人に声をかけたのは、まきなの祖母、勝子である。
「ああ、御蔵夫人。伊藤さん、こちら、御蔵勝子さん。名前の通り、まきなのおばあさまに当たる方や」
「あっ、この度は!おめでとうございます!」
「ありがとう。あなたですね、孫娘を救ってくださったのは」
「は?」
「生放送でしたのよ?」
そう、伊藤の交渉は、生放送で全国中継されていたのだった。
「まきなは、あまり他者の好奇の目にさらされたことのない子ですから。あなたがいてくださって、本当に良かった」
「いやあ・・・」
自分もその「好奇の目」の一人だったんだよなあ、と反省しきりの伊藤だった。
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