第83話

「はあ・・・」

 いよいよ、ドバイワールドカップのパドックだ。デッドリーボーイは5番人気。馬体に非常にハリツヤがあり、毛ヅヤもいい。まずは一安心と胸をなでおろしたまきなだったが、他の馬がすごい。アメリカのオックスキャスナットは尾花栗毛、金色の馬体をしていた。カクテルライトに照らされて、全身がキラキラと光り輝いている。馬体はおよそ500キロと大きめだが、非常にバランスがいい。道中控えていても、追い出し始めたら、どこまでも行ってしまいそうだ。南アフリカのジャミトンなんかは黒光りする馬体に、とてつもなくギラギラした目。すべてを破壊してでも進む意思をその目に宿している。

 そして、トルコのエルトゥールル。人馬ともに気合が乗ってる。佐藤はさっきのレース、いいところなく6着に終わったため、ここに賭けるところは大きい。エルトゥールルはユングフラウ・ドーベンが口説いて買い込んだ、世代の一番馬だという。

 ここまで馬がそろっていては、感歎のため息の一つや二つ出ようというものだ。一介の馬好きとして、幸せな環境である。しかも、自分がその中に混じって走れるというのだから、なおさらだ。しかし、彼女もプロの勝負師。いくらいい馬に囲まれているとはいえ、感動ばかりしていられない。そんなところに、馬が目に入ってきた。

 そう、インドのマハトマである。カルロス・フェルナンデスが突然の騎乗ということで話題になってはいたが、馬自体にはそれほどの力はないと思われていた。しかし、

「えっ、これがインド馬?」

 そう、馬体は600キロに届こうかという大型馬で、数代前にはペルシュロンの血を受けている。いわゆる、サラ系、サラブレッド系種というやつだ。

 純粋なサラブレッドではない馬な上に、血統構成がいびつだった。父は日本の重賞馬インターボイジャーがインドに渡った後に儲けた産駒で、キルナイカという馬だ。さかのぼれば、今はもうだいぶ衰退したハイペリオン系の末裔に当たる。母系はインドの土着血統だが、7代前に日本のばん馬(重量物を牽引する馬)でペルシュロンの系統、キンタローという馬の血を受けている。日本にゆかりの深い馬だった。

 そんな馬だが、目はキラキラとしていて、非常に澄んでおり、馬体も変な筋肉の盛り上がりはない。おおよそハイペリオンの系統だとは思えない馬だが、しかし均整は取れ、美しい。堂々とした体躯をしており、まるで名馬を描いた絵画の中から抜け出てきたようだ。


 馬っぷりだけならこのパドックで一番。そんな感想を抱いたまきなであった。

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