第78話

 さて、そのアルクォズスプリントでは、関係者一同にとって意外なことが起きていた。

≪ミスターオースチンの出がいい!あっという間にハナを取った!≫

 そう、ミスターオースチンがスタートを完璧に決め、鞍上まきなも逆らわずに出ムチを打った。気が付けば、3馬身離しての逃げの態勢に持ち込んでいたのである。

「まきな!?」

「逃げおった!唐橋先生、どうなんですか!?」

「いや、逃げろという指示は与えてませんが、ああも出がいいと・・・?」

 弥刀、池田、唐橋師の反応も無理もない。ミスターオースチンといえば、エンジンがかかるまでに時間がかかる馬だ。スタートなど、いつも1馬身遅れで出てくる。それがどうだ、4馬身、5馬身離して逃げて・・・


≪今、ゴール板を1着で駆け抜けたのは、ミスターオースチン!鞍上御蔵!うれしい初GⅠ制覇はここ異国ドバイの地で!≫

 気が付けば、後続を5馬身突き放しての快勝になっていたのだから、開いた口がふさがらなかった。先ほどの関係者たちは、大慌てで人馬を迎えに行ったものである。

「ふー、きもちいー♪」

 まきなにとって、挑戦2回目での早いGⅠ初制覇だ。しかし、問題はそこではなかった。

「オースチン、よく頑張ったね!えらいえらい!」

 ミスターオースチンが珍しく、ゲートの中で集中していたのである。いつもは芝か何かを食んで、遊んでいるのだが、今日は違った。首を下げることなく、前だけをピタリと見据え、ゲートが開くのを今か今かと待っていた。これはもしや?と思い、試しに自分の最速のタイミングでゲートを出てみると、最内1番枠からポーンと抜け出ていたのである。ムチを打てば、完璧に応えてくれる。これで負けたら言い訳がつかないな、と考えながらも、60秒間、逃げ続けたのだ。

「御蔵くん!よくやった!さすが私が見込んだ女性だ!」

 迎えにやってきた紗来の代表が大げさにまきなをほめる。

「逃げるならそう言ってよ!?心臓止まりかけたわ!」

 弥刀はぷんぷんとすねている。

「まあ、なんだ・・・ようやっとる」

 唐橋師は、厩舎の初GⅠ制覇に、にやけ顔が隠せていない。彼らの顔を見て、自分はGⅠ制覇を成し遂げたのだと実感したまきなだった。

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