第76話
ドバイワールドカップデーはドバイカハイラクラシック、アラブ馬のGⅠ戦で幕を開けた。アラブ馬とは、馬の改良種の一つで、スピードこそ劣るものの丈夫である。ちなみに、日本の地方公共団体の施行する競馬(いわゆる地方競馬、公営競馬)は、一昔前にはアラブ馬を使い倒して競走番組を組んでいたという。このGⅠを勝ったのはアラビアンクラシオンという、地元の馬だった。
その次はGⅡゴドルフィンマイル。日本からは特に出走馬はない。ここはジャンヌが地元の有力馬シャーテールで逃げ切り勝ちを収めていた。ジャンヌ・ルシェリットといえば後方からの差しが有名だったが、こんなこともできるといわんばかりの勝ち方だった。
舞台は芝に移って、3200メートルのドバイゴールドカップはGⅡだ。英仏愛からGⅠ馬も含め大挙10頭が押し寄せていた。7000万円近い賞金を出す長距離重賞レースは欧州にはないのである。佐藤とジャンヌにも乗鞍があったが、ここは地元ドバイのバニル・モハメド殿下率いる『バイアリーズ』が送り出したタミルという馬に敗れている。
そして、やってきたのはGⅡ・UAEダービーだ。ドバイの3歳最強馬決定戦でもあるり、まきなの乗る日本馬ファントマットが出走する。12頭が出走するUAEダービーの1番人気はアルゼンチンから来たブエノスアイレス。南半球産の馬なので、4歳馬と表記される。祖父にサンデーサイレンスをもつこの馬は、昨年のブリーダーズカップジュベナイルというGⅠレースに勝ち、アメリカ最優秀2歳牡馬に選ばれている。祖父によく似て馬体はイマイチだったが、きれいな毛並みの漆黒の青毛馬だ。風格はあった。
≪カルロス・フェルナンデス!ブエノスアイレスは持ったまま!≫
ムチや手綱を、普通の位置で持ったまま、つまりまともに追われないまま、ブエノスアイレスは直線300メートルを進んでいた。後ろから迫るのは、
≪ミクラだ!ファントマット、黒い帽子が襲ってくる!≫
御蔵まきながファントマットを追って、道中6番手から脚を伸ばしてやってくる。しかし、3馬身差は詰まらない、届かない。
≪カルロス・フェルナンデス!ブエノスアイレス!ケンタッキーダービーに向けての切符を得た!ファントマット以下を持ったまま!3馬身差圧勝!≫
「負けた!」
ブルル・・・!
まきなは当然だが、ファントマットも悔しそうだ。元々、気の強い馬だ。
『キミ、ミクラ?』
『え、はい!?』
振り返ると、カルロス・フェルナンデスが白い歯を見せて握手を要求している。応えると、白い歯がますます上に吊り上がる。
『キミ、ツヨカッタ。ササレルカモシレナイト、オモッタノ、ハジメテ』
『でも、持ったままでしたよね。強すぎます、あなたの馬』
カルロスの英語はまだ覚えたての片言だ。クィーンイングリッシュを優雅に使いこなすまきなを驚きの目で見ていた。
『キミ、ジャポネ、ダロ?イギリスソダチ、ナノカ?』
『祖父の教育のおかげですよ』
『イイナ、ボク、コンナダカラ。ウマニノッテ、カタナイト、ミンナアイテシテ、クレナイ』
それでも、と覚悟を決めたように切り出した。
『ランチ、タベマセンカ』
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