第72話

 道中のホテルでもジャンヌはユングフラウにメロメロにされかけ、ポーに着いたのは次の日の夕方だった。

『お姉さま、今日は私の部屋に泊まっていってください!』

 いつの間にか、ジャンヌはユングフラウをお姉さま呼びしていた。その目はだいぶ熱っぽい。

「あの、先生、アーベルさん?」

「ぁあ、いいだろいいだろ!ジャンヌだって女だったってことだ!」

 ガハハ、と笑う小室師に、お嬢様は昔から博愛主義でございました、と懐かしむ執事のアーベル。誰も止めてくれそうにない。自分は止めたくない。今、あの二人の間に入ったら・・・どうなることか。

『まあ、夜も遅いし、また泊まっていけばいいと思うんだわ!な、執事さん!』

『フム、よろしいのですかな?今度は何も手土産などありませんが』

『帰りの交通費が儲かったからいいってことよ!』

 な、慶太郎?と小室師がウィンクする。イマイチ下手だった。

『先生がこうおっしゃってるし、泊まっていってくださいよ』

『では、そうさせてもらいましょうか。お嬢様、いいですか?』

『かわいいジャンヌとまた一緒かー♪まいっちゃう!』

『お姉さま・・・』

「あの頃のジャンヌを返して・・・」

 佐藤よ、今さら嘆いても遅いぞ。


 ジャンヌはそのまま百合の道へ落ちていくかと思われたが、さすがに馬に引き合わせると立派に立ち直った。前回担当したウェンリードは重賞を、ジャンガスコーニュは準重賞をそれぞれ勝ち、立派にStakesクラスの馬として通用していた。

 昨夏と同じように、ジャンヌがウェンリード、佐藤がジャンガスコーニュでキャンターを始めると、ジャンヌはキリっとして走り出した。その休み時間のことである。

「・・・・・・」

 どうした、ジャンヌ?と佐藤が声をかけようとした時、ジャンヌは佐藤の方を向いて言った。

「オボエテ、マセン、ヨネ?」

 ジャンヌの顔はまっかっかだ。

「何が?」

「アノ、オネエサマとの・・・モショモショ」

「ああ、うん、恋愛ってさ、いろんな形があるよね」

「~~~!?」

 違うんです!と必死の弁明をするジャンヌ。しかし、佐藤はわかってるよとばかりに頷いてこう返す。

「わかってるかわってる、ジャンヌもかっこいいお姉さまが好きなのは仕方ない」

『何話してるの?』

 ジャンヌの顔は最早真っ赤を通り越して蒼白だ。

『ああ、ユングフラウさん。お姉さまの話をね』

『フフッ、あんまり言ってあげないの。恋は熱病みたいなもの。覚める時もあるわ』

 ユングフラウはジャンヌの顎を指でくいっと上げると、

『まあ、私はいつでも待っているよ、かわいいジャンヌ』


 ジャンヌはもう一度真っ赤になって気絶した。

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