第71話

『ちょっと!ケイタロウ!結構痛かったわよ!?』

「け、慶太郎サン・・・」

 暴力反対!と言わんばかりに抗議するユングフラウと、戸惑いながらも、守ってもらえて正直嬉しいジャンヌ。対照的な様子の二人の女性を目の前に、佐藤は頭を抱えていた。

「なんでこうなるんだ・・・」

 佐藤のつぶやきは、航空機のエンジン音にかき消されていった。


 初老の老人が車をかっ飛ばしている。ユングフラウの執事で、名はアーベルというらしい。車は、頑丈かつ高速で知られるドイツの某メーカーの新型車だ。150キロ以上で走行しているらしい。高速道路では130キロぐらいが常識のフランスでも、かなり速い部類だろう。しかし、彼は元アマチュアのチャンピオンレーサーだ。これぐらいの速度で車の運転を誤る男ではなかった。

『アーベル、大切なお客様を運んでいるのだから、なるべく早くね』

『かしこまりましてございます、お嬢様』

 そのお客様二人は、唖然茫然。ジャンヌは寝台列車で来たというので、ではそれでポーまで行こうとなった時、ユングフラウが口を挟んだ。


『それでいいの?騎手たるもの、寝台列車ごときに体を預けていては、すぐ不調を起こすわ!』

『しかし、ユングフラウさん、パリからポーまでは遠いです。高速バスよりかはましですよ?』

『いいワケないわ!もしもし、アーベル!?』

 突然、電話をし始めたと思うと、満足げに頷いて、電話を切った。そして、車が到着する。その間、わずかに5分間である。

『道中、適当な場所でホテルに泊まればいいのよ!私が出すわ、問題ないでしょ?』

 アーベルにカバンや荷物を片付けさせながら言うユングフラウは、まさにお嬢様といった風格だった。


 お金持ちの車には、シャンパンを入れておく冷蔵庫くらい、だいたいは付いているものだ。佐藤は潰れることはわかっているのでちびちびと、ジャンヌはぐいぐい飲んでいた。ユングフラウもそれなりに勢いがある。

『イケるクチね?いいわ、ますます気に入っちゃった♪』

『おいしい!このお酒、おじいちゃんのところと似てる!』

『ああ、そうじゃない?だって、貴女、ルシェリット酒造がご実家でしょ?』

『何で知ってるんですか!?』

『私はフランスのボルドーワインはだいたい知ってるの。これはたまたまだけど』

 ユングフラウはジャンヌの肩を抱き、耳元にささやきかけた。

『こういう運命、素敵じゃない?』


 一気に赤くなった、ジャンヌであった。

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