第69話

『ごめんなさいね、フランス語、できるとばかり』

 目の前の女性はユングフラウと名乗った。ここは空港内のスターパックス。ユングフラウ・ドーベンと聞いた佐藤は驚いた。なぜなら、彼女こそドイツ競馬の救世主と目される人物、日本で言えば莉里子とまきなを足したような力を持った、まさに世界競馬のヒロインなのだ。

 どういうことかというと、彼女はドイツでも最高の牧場の跡取り娘でありながら、自らは斜陽のドイツ競馬界に騎手として身を投じ、生産に関わった馬で凱旋門賞を勝った。実は、まきなが憧れている人でもある。

 そんなことは知らぬ佐藤は、目の前のスターに唖然としていた。ドイツの正統派美人、マネキンが意志を持ち動いているかのよう、とまで形容される彼女は、馬産からモデルまでこなす才色兼備ぶりだった。

『あら、お姉さんの胸元が気になるの?』

『えっ!?』

 気が付けば、佐藤は視線を顔のちょっと下、まきな並みに豊かな胸元に落としていた。

『意外と好色なのね♪』

『違います!』

 またまた~と手をパタパタさせるユングフラウ。手に顎を載せて、話をし始めた。どうやら、騎乗依頼らしい。

『ということで、うちのエルトゥールルにドバイワールドカップで乗ってくださらないかしら?』

『なんで僕なんです?というか、なんで今日ここに来るって!?』

『ああ、小室センセイに聞いたのよ。ケイタロウ・サトーの身元引受人でしょう?ちょっと豪華なレストランにお呼びして、お願いしたら・・・ね?』

 どういう『お願い』をしたのだろうか、とにかくそういうことらしい。これは調教師も公認の依頼ということになる。わかりました、と答えようとしたとその時、ジャンヌの姿が見えた。

「ジャンヌ!」

 とにかく、そういうことなら誤解を解かねば。佐藤はジャンヌが歩いて行った方を追いかけ始めた。なぜかユングフラウも一緒に。

『なんで一緒に来てるんですか!』

『え、だめなの?』

『あなたがいたら余計こんがらがるでしょ!』

『大丈夫よ、相手は女の子でしょ?ハグの一つでだいたい黙るわ!』

 黙らせるのかよ・・・と思いながら走る佐藤。


 ジャンヌは、バス停のベンチに腰を下ろしていた。佐藤の姿を認めて少し笑顔になりかけたが、その後ろをついてくる女性の姿を見て、仰天した。

『なんでユングフラウが!?』

 ジャンヌもユングフラウ・ドーベンのことは知っていた。というか、目標にしている。その人が自分めがけて走ってきて―――ギュムッ!


 抱きつかれた。

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